能登 七尾城



お城のデータ
所在地 石川県七尾市古城町
遺 構 曲輪、石垣、土塁、空堀
形 式 山城 築城者: 畠山氏 築城年代: 不明


見 ど こ ろ

 国道159号線から城山へと標識に従って進むが、「本当に城があるのだろうか?」かと、少々不安にさせられるが、ちょうどその頃に山腹にある七尾城趾の駐車場に到着する。

 駐車場から本の丸迄20分程度だが、重臣屋敷跡(曲輪)から本の丸に至る登城道を進むと生い茂る木々の間に野面積みの石垣が累々と姿を表す。 あの上杉謙信をしても、この城を力攻めに出来なかったことがよく分かった。

 七尾城は、尾根を削平して曲輪を連ねる典型的な山城の縄張りで、長屋敷・本の丸・二の丸・三の丸と尾根筋に並んでいて、曲輪の間には大堀切がある。

 七尾城趾の石碑が建つ本の丸からの眺めはすばらしい。 遙か眼下に七尾市街にある小丸山城や能登島まで手に取るように見ることができる。  


歴     史
(現地案内板より)

 七尾城は、能登守護畠山氏の居城として築かれたが、築城年代は明らかとなっていない。

 応永15年に初代畠山満慶が能登守護になり、文明9年に応仁の乱が終わって三代義統が能登に入国し、築城がはじまったと考えられる。 その後、戦国時代を通じて増築され、九代義綱の代までに七尾城は堅固に整備された。

 越後春日山城主上杉謙信は、上洛を果たすため能登を制圧する必要があり、天正5年に三方から能登に攻め入り、畠山氏の重臣の分裂もあって七尾城は落城した。 七尾城は、上杉氏によって更に改修された。
 
 天正9年、織田信長による北陸制圧後に能登一国を与えられた越前府中城主前田利家は七尾城を居城とし、翌10年から大規模な改造が実施された。 しかし、天正17年に前田利家は小丸山城を築き、七尾城は廃城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR七尾線七尾駅〜バス/運動公園
 車 : 能登道路柳田IC〜国道159号線
駐車場: 七尾城の無料駐車場を利用。


ひとくち MEMO
能登最大の規模と堅固さを誇った守護大名畠山氏の居城。

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