薩摩 永利城



お城のデータ
所在地 鹿児島県薩摩川内市永利町大手
遺 構 曲輪、空堀
形 式 丘城 築城者: 永利氏 築城年代: 南北朝時代


見 ど こ ろ

 永利城は、永利麓地区の平佐川と前田川に挟まれた独立丘に築かれている。

 資料によれば「城の縄張りは5つの曲輪に分かれ、一番東側に細長い曲輪がある」とあったが、宅地化と薮化して何処までが城域なのか分かりづらいが、東の細長い曲輪のみ確認することが出来、西麓の民家脇に標柱があった。 

 この標柱から川を隔て少し西行った辺りの畑地が江戸時代に永利麓の地頭御仮屋が置かれていたとか。 県道沿いには麓の武家屋敷門が残されていた。


歴     史
(永利山田麓の武家屋敷門)

 永利城は、南北朝時代に永利氏によって築かれた。 永利氏は鎌倉時代末期からこの地を領し、島津貞久が守護の時には永利兼光が居城していた。 その後、永利城は島津総州家の所領となり、応永17年頃には島津忠朝が居城していた。

 総州家・奥州家両島津家が反目していた応永26年には、奥州家島津久豊が入来院重長らと攻め寄せ、総州家忠朝は隈之城(二福城)へと移り、永利城は入来院重長に与えられ、入来院氏が代々所領した。 


お城へのアクセス
鉄 道: JR鹿児島本線薩摩川内駅〜バス/永利麓
 車 : 南九州道薩摩川内都IC〜国道3号線〜県道336号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
総州・奥州両島津家による攻城戦が繰り広げられたお城。

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