伊勢 長島城



お城のデータ
所在地 三重県桑名市長島町西外面
遺 構 移築門、石垣
形 式 平城 築城者: 伊藤重晴 築城年代: 文明14年


見 ど こ ろ

 木曽川と長良川・揖斐川に挟まれた「輪中」の中の城、長島城。 縄張り図を見れば、水城とも云えるこの城も、今では跡形もない。

 本丸があった場所が、中部小学校の敷地となっているところで、校庭にはここに長島城の御殿が建っていたときからある「老大松」が今も残っている。 小学校の校門脇には、長島城の縄張り図がある案内板がある。

 小学校の前を流れる川(昔は堀か?)に架かる大手橋の下に、当時の大手橋橋脚を支えていた石垣の一部が残っている。 川の対岸、連生寺には長島城の大手門移築して現存する。 この門は、移築の際に規模を縮小されているが、長島城を偲ぶ唯一の遺構だ。


歴     史

 長島城は、文明14年に伊藤重晴が築城した。 元亀元年に本願寺と呼応する連枝願証寺証意は、一向一揆(長島一揆)は、滝川一益を桑名から追い、信長の弟織田信興を小木江城に攻め自刃させた。

 天正元年、織田信長は3度目の長島征伐により長島城を落城させ、北伊勢5郡を与えられた滝川一益の持城となった。

 江戸時代には、菅沼・松平(久松)氏が城主となり、元禄15年に松平忠充が改易となると、替わって常陸下館から増山正弥が2万石で入封。 以後増山氏が8代続いて明治に至った。


お城へのアクセス
鉄 道: JR関西本線長島駅、近鉄名古屋線近鉄長島駅〜徒歩約10分
 車 : 東名阪道長島IC〜県道7号線〜市道
駐車場: なし。(長島中部小学校前に5台程度の駐車スペースあり)


ひとくち MEMO
木曽川と長良川・揖斐川に挟まれた「輪中」の中のお城。
  • 長島城の城門移築先
    連生寺 : 三重県桑名市長島町又木77−3

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