薩摩 百次城



お城のデータ
所在地 鹿児島県薩摩川内市百次町上野
遺 構 堀跡
形 式 丘城 築城者: 上野氏 築城年代: 鎌倉時代


見 ど こ ろ
(山田麓の地頭御仮屋跡)

 上野城は、百次川に沿って南北に細長い舌状台地に築かれている。 現在は、宅地と畑地となっていて、城の遺構らしきものは何も残っていないが、台地を横切る道路が曲輪を隔ていた空堀の名残だ。

 県道沿いに、城の標柱が立てられていたが、この標柱背後の民家敷地一帯が百次麓の地頭御仮屋が置かれた場所だ。 一帯には、石垣を用いた麓の武家屋敷の風情が良く残っていた。


歴     史
(山田麓の武家屋敷)

 百次城は、別名上野城とも呼ばれ鎌倉時代の末頃上野氏によって築かれた。 上野氏は、薩摩郡司忠友の弟忠宗を祖とし、建武4年の市来合戦では島津氏に従って上野良国が出陣している。

 その後、上野氏は没落し、代わった島津総州家もまた衰退、応永年間以後は入来院氏の所領となっていた。 戦国時代なると大永6年に薩州家島津実久がこの地を占拠し、家臣山崎成知に守らせている。

 入来院重聡は、幾度も城の奪還を試みるが果たせず、天文8年に島津実久が相州家島津忠良に圧倒されるに至ってようやく城を落とすことができた。 


お城へのアクセス
鉄 道: JR鹿児島本線薩摩川内駅〜バス/百次
 車 : 南九州道薩摩川内都IC〜国道3号線〜県道36号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
入来院氏が奪回に幾度も攻め寄せたお城。

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