| お城のデータ | |||||
| 所在地: | 宮崎県都城市都島町字本城 | ||||
| 遺 構: | 曲輪、模擬櫓門、城壁、空堀 | ||||
| 形 式: | 山城 | 築城者: | 永和元年 | 築城年代: | 北郷義久 |
| 見 ど こ ろ | ||
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都城城は、本の丸部分が城山公園として整備されている。 公園入口には櫓門が建てられている。 本の丸には櫓風建物の都城歴史資料館があり、都城島津氏に関する展示がされている。 都城城は、北郷氏(島津一族)の本城として築かれ拡張された城だけに都城地方一の大城だ。 縄張りは、資料館のある本の丸、道路となっている空堀を挟んで西の丸(狭野神社境内)、その西側に池之上城、中尾城、日豊本線を挟んで南側に外城、中之城、南之城等の曲輪が配置されていて、現在でも地形から曲輪跡がよくわかる。 |
| 歴 史 | ||||
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都城城は、永和元年に北郷義久によって築かれた。 北郷氏は、島津宗家4代忠宗の六男資忠が北郷氏を称し、義久は北郷氏2代目。 以後都城城は、北郷氏累代の居城ととなるが、文禄4年に薩摩祁答院37,000石へ移封され、伊集院忠棟が豊臣秀吉の命で大隅鹿屋から移され8万石の城主となった。 慶長4年、島津宗家の継承問題から伊集院忠棟は、当主島津忠恒(後に家久)によってお手討になった。 そのため、忠棟の子忠真は庄内の乱を起こした。 庄内の乱後、伊集院忠真は殺害され、替わって北郷忠能が41,300石を領して都城城主となった。 元和元年、一国一城令により都城城は廃城となり、北郷氏は領主館を築いて明治まで都城を領した。 |
| お城へのアクセス | |
| 鉄 道: | JR日豊本線都城駅〜バス/岳之下(路線詳細 宮崎交通のHPへ) |
| 車 : | 宮崎道都城IC〜国道10号線〜県道31号線 |
| 駐車場: | 城山公園の無料駐車場を利用。 |
| ひとくち MEMO | ||||||
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