周防 三田尻御茶屋



お城のデータ
所在地 山口県防府市御茶屋町
遺 構 御殿
形 式 御茶屋 築城者: 長州藩 築城年代: 承保3年


見 ど こ ろ

  長州藩の公館であった三田尻御茶屋は、現在毛利重就の法名に因んで名付けられた「雲英荘」として一般公開され、萩往還関連遺跡として国指定史跡となっている。 最盛期に比べると狭くなっているが、大観楼棟や庭園など往時の姿を伝えている。

 三田尻御茶屋に併設して宰判勘場(代官所)の一つ三田尻宰判勘場が御茶屋北側にある防府市華浦公民館の敷地となっている辺りにあった。

 また、藩主の御座船など長州藩の船舶を格納した御船蔵の遺構が御茶屋近くの萩往還沿いに残っていて、三田尻の地が長州藩の瀬戸内の拠点であったことがよく分かった。


歴     史
( 三田尻御船蔵跡 )

 三田尻御茶屋は、承応3年に毛利綱広によって造営された長州藩の公館で、藩主の参勤交代や領内巡視の際の宿泊・休息施設であった。

 天明3年、7代藩主毛利重就が家督を治親に譲って隠居した際、三田尻御茶屋の大規模改修を行ってここを隠居所として晩年を過ごした。

 重就の死後に規模が縮小されたが、幕末の嘉永4年に13代藩主敬親によって改築され、文久3年に三条実美ら7人の公家の「七卿落ち」で実美らがこの三田尻御茶屋大観楼棟に約2ヶ月滞在に滞在していた。


お城へのアクセス
鉄 道: JR山陽本線防府駅〜バス/堀口通
 車 : 山陽道防府東IC〜県道54号線〜県道184号線
駐車場: 英雲荘の無料駐車場を利用。


ひとくち MEMO
長州藩の瀬戸内の拠点であった三田尻に設けられた御茶屋。

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