近江 三雲城



お城のデータ
所在地 滋賀県湖南市吉永字城山
遺 構 曲輪、土塁、石垣、堀切
形 式 山城 築城者: 三雲典膳 築城年代: 不明


見 ど こ ろ

 青少年自然道場から舗装された林道をを登ると「三雲城址」の石碑がある。 ここが登城口、ここから遊歩道が山頂の本丸まで整備され、約15分程で登ることが出来る。

 遊歩道を登りはじめると、左手に土止めとも思われる石垣が幾段にも築かれ、さらに右手には2段の削平地があり、ここにも小振りな石を積み重ねた石垣がある。 ここまでの石垣は後世のものかどうかは判らない。

 虎口の遺構と思われる両方に崩れ果てた石垣の遺構を見て、その奥から急な斜面を登る。 登り切った所に桝形虎口があり、ここは巨石を使った石垣が歴然と残っている。 多少土に埋もれてはいるが、ここが石垣ファンにとって必見のスッポトだ。

 桝形虎口の右手に井戸跡が残る曲輪があり、この曲輪東側には土塁が残る。 この土塁上から本丸(主郭部)へ無理矢理直登すると、本丸北東角の石垣が迎えてくれる。

 本丸西側には、堀切を隔てて曲輪があり、この曲輪西側には低いが土塁が残っていた。 この曲輪から西側の尾根伝いに4つの堀切が(2本の堀切まで確認)配置されて、防備を固めている。

 三雲城は、甲賀郡内一の城の規模を誇るのではないだろうか。 全山いたる所に削平地と石垣が築かれ、しかも整備されていて遺構も確認し易い。 特に下草の少ない冬季に訪れることをお薦めする。 


歴     史

 三雲城は、築城年代は定かではないが、三雲典膳が築城し近江守護六角氏の重臣として、三雲氏累代の居城であった。

 この城は、観音寺城の「奥の城」とも云える城で、六角氏は居城が危機を迎えると、必ずとこの城に逃げ込んでいる。

 永禄11年、織田信長によって観音寺城を攻められた時も、六角義賢・義弼父子がこの城に逃れ再起を図った。

 三雲成持は、六角氏滅亡後織田信雄・蒲生氏郷に仕え、江戸時代には1,000石の旗本として続いた。 


お城へのアクセス
鉄 道: JR草津線三雲駅〜徒歩約20分 or タクシー
 車 : 名神高速栗東IC〜国道1号線/三雲〜町道
駐車場: 青少年自然道場の駐車場を利用。


ひとくち MEMO
自然に囲まれちょっとしたハイキング、そこには石垣のお城が。

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