備後 三原城



お城のデータ
所在地 広島県三原市城町
遺 構 曲輪、石垣、堀
形 式 平城(海城) 築城者: 小早川隆景 築城年代: 永禄10年


見 ど こ ろ

 JR三原駅が三原城本丸をぶち抜いている。 明治時代の鉄道建設時のこととはいえ、今では考えられないような鉄道のルート設定には、何とも言えない無念感がある。

 三原城天守台(本丸)には、三原駅2Fから出入り口がある。(駅への入場券は不要)。 天守台上に立つと駅で南側が切り取られているが結構広い。 この天守台に天守を建てたら、江戸城天守クラスの天守になると思われた。 もっとも天守台上には隅櫓だけが建てられたようだ。

 南側を除く3面には水堀がある。 北東部から見た天守台石垣は、高さと石組み共に見事なものだ。

 駅の南側には、舟入櫓の石垣と堀(もっとも今は堀と見えるが、ここまでは本来は海なのだ。)が残っている。 市街地化によりかつての海城(浮城)の姿は消えたが、街の随所に浮城の名残を見ることが出来る。

 駅近くの宗光寺には、新高山城の城門が山門として移築されている。 なかなか豪壮な城門だ。 時間を割いても訪れてみる価値はある。 また、順勝寺には作事奉行所の門が移築されている。


歴     史
(三原城移築門 現順勝寺山門)

 三原城は、永禄10年に毛利両川の小早川隆景によって築かれた。 隆景は、それまでの新高山城から三原城へと移したが、その後も逐次増改築が繰り返され、天正10年まで完成したと言われている。

 天正15年、小早川隆景は豊臣秀吉から筑前国を加増されて名島城に居城を移す。 文禄4年、隆景は養子秀秋に家督を譲り、三原城に隠居、慶長2年に没した。

 慶長5年に関ヶ原の戦功で福島正則が安芸広島城に入ると、三原城には福島正之が入った。 元和5年、福島正則が改易となった後、紀伊和歌山から浅野長晟が広島城へ入封する。 三原へは、浅野家筆頭家老浅野長吉が紀伊新宮より入り、代々相続し明治に至った。 


お城へのアクセス
鉄 道: JR山陽本線三原駅〜徒歩すぐ
 車 : 山陽道尾道IC、山陽道三原久井IC〜県道25号線
駐車場: 三原駅周辺の有料駐車場を利用。


ひとくち MEMO
水軍を支配した毛利の両川の一つ、小早川隆景の居城。
  • 三原城移築門
    • 順勝寺 三原市西町
      安楽寺 三原市鷺浦町
      糸崎神社 三原市糸崎町

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