飛弾 松倉城



お城のデータ
所在地 岐阜県高山市西之一色町松倉山
遺 構 曲輪、石垣
形 式 山城 築城者: 三木自綱 築城年代: 天正7年


見 ど こ ろ

 駐車場から遊歩道を登ること約10分。 息が切りかけた頃、行く手に高々と築かれた松倉城の石垣群が出迎えてくれる。

 松倉山山頂の本丸は、二段に分かれていて下部に腰曲輪を伴う。 本丸東側に二の丸を置き大手筋・水の手を押さえ、西側には三の丸を置き搦手筋を押さえ、更に一段低い南側に出丸がある縄張りだ。 

 これらの曲輪は、石垣で固められ、特に本丸・三の丸の石垣が見事だ。

 戦国飛騨の覇者となった三木自綱が築き、三木氏の本城にふさわしい要害・堅城である。

 本丸に立つと、眼下に高山盆地・遠く北アルプスの山々まで見渡すことができ、近世高山城もあるが、堅牢さから言っても飛騨第一の城だと思う。


歴     史

 天正7年、松倉城は飛騨統一を成し遂げた三木自綱によって築城された。 自綱は、桜洞城からこの城に居城を移し、飛騨一国に号令を発した。

 しかし、自綱の絶頂期も長くは続かなかった。 自綱は、織田信長の後の天下を継承した羽柴秀吉を倒すべく、越中富山城主佐々成政に与して共に画策する。

 天正13年、越前大野城主金森長近は、羽柴秀吉から命じられて、自綱討伐のため、西と南から飛騨に侵攻して三木方の諸城を落とす。 ついに自綱は、高堂城の攻防に破れ京へと逃亡した。

 自綱の嫡子秀綱が籠もる松倉城は、金森勢の攻撃に良く耐えたが、ついには内応者が出てしまい、城は落城してしまった。 ここに飛騨の覇者三木氏は滅亡、城も廃城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR高山本線高山駅〜タクシー
 車 : 東海北陸道飛騨清見IC〜国道158号線
駐車場: 松倉城の無料駐車場あり。


ひとくち MEMO
飛騨統一を成し遂げた三木氏の居城。

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