遠江 馬伏塚城



お城のデータ
所在地 静岡県袋井市浅名1156
遺 構 曲輪、土塁
形 式 平城 築城者: 不明 築城年代: 不明


見 ど こ ろ

 馬伏塚城は、小笠山から南西に伸びた丘陵先端部を利用して築かれている。 現在は、周囲も水田と宅地となっているが、かつて沼地と湿地に囲まれ、唯一北側が丘陵と繋がっていた半島状の地形であった。 

 縄張りは、丘陵と堀切で切り離し、現在の了教寺境内から北側の住宅地に居屋敷がある。 道路となっている堀切の南側に北の曲輪があり、道路沿いに土塁が残っている。 南側の現在諏訪神社境内となっている一帯が本曲輪で、境内には高さ3m程の土塁が残っている。

 資料によれば、北の曲輪が小笠原時代の主郭で、家康による増築部分が、現在の本曲輪一帯の諸郭であるとか。


歴     史

 馬伏塚城は、築城年代や築城者については定かでないが、文亀年間には今川氏の遠江の拠点の一つとなっており、小笠原春茂・氏興父子が城主であった。

 天正2年に高天神城が武田氏の手に落ちると、徳川家康は重臣大須賀康高を城主として置き、馬伏塚城を大改修させ、天正6年に築かれた大須賀(横須賀城)城と共に、高天神城攻略の拠点となった。

 徳川家康は、天正9年に高天神城を落城させ、翌10年には武田氏が滅亡して遠江支配が安定するのに伴い、馬伏塚城の役目は終わり廃城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR東海道本線袋井駅〜バス/大庭
 車 : 東名袋井IC〜県道61号線〜県道41号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
家康の高天神城攻略の拠点となったお城。

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