岩代 北田城



お城のデータ
所在地 福島県河沼郡湯川村三川字大館
遺 構 土塁
形 式 平城 築城者: 築城年代:


見 ど こ ろ

 
北田城は、日橋川(旧河道は現在の更に南を流れていた)と溷(せせなぎ)川との合流点の河岸段丘を利用して築かれている。

 北田城は、東西約110m×南北約120mの方形居館と主郭の西側に東西220m×南北210の二の曲輪からなる複郭式の縄張りで、北と東は日橋川と溷川せせなぎ川が堀の役目を果たし、残る西と南には堀を土塁を設けていた。

 現在は、圃場整備により堀も土塁も埋められてしまったが、水田の片隅に一の曲輪の土塁が一部残され、城石碑と案内板が立てられていた。


歴     史

 北田城は、建久4年に北田広盛によって築かれた。 広盛は、相模三浦氏の一族佐原盛連の次男で北田の地を与えられ北田氏を称した。 北田氏は、葦名家五党の一人と数えられ、広盛−泰盛−盛広−重忠−政国−正隆−政泰と7代に渡りこの地を領した。

 応永9年に新宮城主新宮盛俊と共に蘆名宗家に叛旗を翻し、応永16年に葦名盛政に攻められて北田城は落城し、政泰父子とも討死して北田氏は滅亡した。


お城へのアクセス
鉄 道: JR磐越西線塩川駅〜タクシー(路線バスなし)
 車 : 会津縦貫道湯川IC〜国道121号線〜県道127号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
葦名家五党の一人と数えられた北田氏の居城となったお城。

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