和泉 岸和田城



お城のデータ
所在地 大阪府岸和田市岸城町
遺 構 模擬天守、櫓、門、石垣、曲輪、堀
形 式 平城 築城者: 小出秀政 築城年代: 天正13年


見 ど こ ろ

 岸和田城天守は、本来5層天守であったそうだ。 今は同じ天守台に3層の復興天守が建っている。 均整のとれたきれいな天守だ。

 また、本丸には復興か模擬かは定かではないが、天守のほかに隅櫓、櫓門が建っている。

 本丸東側に埋門形式の虎口がある。 本丸内側からは、板塀で塞がれていて見ることが出来ないけれど、堀側(岸城神社側)からは、様子がよく見ることが出来る。

 岸和田城は、泉南地方(堺市より以南の和泉国)で有数の桜の名所でもある。 春の季節に城攻め、「城と桜とお酒」を満喫できるお奨めスッポト。

 また、岸和田と言えば、「地車(だんじり)」が有名。 城跡のすぐ近く(旧26号線沿い)に地車会館がある。 一見の価値はある。 


歴     史

 岸和田城は、建武年間に和田高家によって築かれた岸和田古城が前身、元亀から天正年間に松浦肥後守が城主であった頃に新城の地に移った。

 天正13年に小出秀政が城主となり、慶長2年には五層の天守を築くなど岸和田城を近世城郭として整えた。 小出氏は、秀政・吉政・吉英と3代続いたが、吉英の時に但馬出石に移り、替わって丹波篠山から松平(松井)康重が、54,000石で入封した。

 寛永17年、松平康重の子康映が播磨山崎へ転封し、岡部宣勝が摂津高槻より6万石で入封する。 以後明治まで岡部氏がこの地を領した。


お城へのアクセス
鉄 道: 南海電鉄南海本線蛸地蔵駅〜徒歩約5分
 車 : 阪神高速湾岸線岸和田南IC〜府道39号線
駐車場: 本の丸南側市役所第2駐車場(無料)を利用。


ひとくち MEMO
南海電車の車窓から間近に見える三層の天守が見えるお城。

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