山城 雲母坂城



お城のデータ
所在地 京都府京都市左京区修学院音羽谷
遺 構 曲輪、土塁、竪堀?
形 式 山城 築城者: 不明 築城年代: 不明


見 ど こ ろ

 雲母坂城は、修学院音羽谷北側の比叡山から伸びる丘陵上に築かれている。 千種忠顕が討死した地に立てられた水飲対陣の碑から西へ雲母坂を300m程下った地点(一騎駆けのような尾根道を越えた地点)から雲母城の城域だ。

 比叡山へと登る最短路「雲母坂」の切り通し状の道が尾根の北側に通っていて、坂に沿って土塁が約70〜80mに渡って築かれ、坂道と土塁上まで10m程の高低差があり、堀底道を登る攻め手を上から邀撃するのに最適な縄張りとなっている。 城域の先端部には3条の竪堀が構築されるなど、雲母坂を登る攻め手に対して横移動もさせないような縄張りとなっていた。


歴     史
(雲 母 坂)

 雲母坂城は、築城年代や築城者について詳細なことは定かでないが、都から比叡山に登る最短ルートが雲母坂で、この坂を舞台に戦いが行われている。

 南北朝時代、建武3年に南朝方の千種忠顕が北朝方の足利直義と戦い、この地で忠顕は討死にしている。 室町時代の永享6年には6代将軍足利義教が比叡山を攻めた際にも雲母坂が使用されたと想定されている。

 戦国時代、元亀元年の志賀の陣に置いても雲母坂を押さえるために、朝倉・浅井氏の軍勢が出張ったと考えられる。


お城へのアクセス
鉄 道: 叡山電鉄修学院駅〜徒歩約15分(修学院登山口)〜徒歩約60分
 車 : 阪神高速京都線鴨川西IC〜国道24号線〜国道367号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
都と比叡山を結ぶ最短ルート雲母坂を押さえたお城。

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