備中 鬼ノ城



お城のデータ
所在地 岡山県総社市奥坂字鬼城山
遺 構 復元門、石垣、土塁、水門、石畳
形 式 山城 築城者: 不明 築城年代: 不明


見 ど こ ろ

 鬼ノ城は、吉備高原の南端に位置する鬼城山山頂に築かれた古代山城(古代朝鮮式山城)だ。 すり鉢状になった山頂から八合目辺りをを土塁と石垣で周囲2.8kmにも渡って廻らした城で、中世・戦国時代の山城を見慣れている者にとって、初めて見る古代山城は、全く違った山城の姿に驚かされた。

 鬼ノ城は、幾度も発掘調査はされ、その結果に基づいて西門とその両翼に連なる版築土塁の復元そして高石垣の修築、城壁内外の敷石や水門の発掘など、数々の発掘と復元・修復が行われている。

 西門からスタートして城壁内側の通路に敷設された敷石の遺構、城内の廃水や雨水を城壁外に排出する6ヶ所の水門の遺構、南門・東門・北門と4ヶ所の楼門の遺構、そして要所要所に築かれた高石垣(断崖故に石垣の下部へ降りることは危険きわまりない。)など、見どころが数多く遊歩道を歩く足取りも軽くなる。 中でも、東端にある突出部にある「屏風折れの石垣」は、石垣の見事さも、眺望も絶景の一言。


歴     史

 鬼ノ城は、日本書紀や続日本紀などの史書には鬼ノ城に関する記述がなく、研究者により諸説があり、実際の築城年代や築城者については定かでない。

 天智天皇2年(663年)、大和朝廷は朝鮮半島の動乱で百済救援のため出兵し、白村江の戦いで唐・新羅に敗れた。 大和朝廷は、西日本に大野城など12城を築城して唐・新羅による日本侵攻に備えた。

 鬼ノ城は、日本書紀に記されている12城が築城されてた頃に築かれたか、あるいは以前からあった城砦を現在残る遺跡のように大規模な増改築されたとする説が有力視されている。 


お城へのアクセス
鉄 道: JR吉備線服部駅〜徒歩(登城口/砂川公園)約15分
 車 : 岡山道岡山総社IC〜国道180号線〜県道271号線〜市道
駐車場: 鬼ノ城の無料駐車場を利用。


ひとくち MEMO
古代朝鮮式山城、高石垣からの眺望は絶景!

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