讃岐 勝賀城



お城のデータ
所在地 香川県高松市鬼無町佐料(勝賀山)
遺 構 曲輪、土塁、石垣、空堀
形 式 山城 築城者: 香西資村 築城年代: 承久年間


見 ど こ ろ

 勝賀城は、高松市西郊外に南北に延びる台地に築かれ、山頂近くは周囲が急斜面となった要害の地形となっている。 この地形、実際に登ってみると、ちょうど急斜面の始まる地点までは一面果樹園となっていて比較的緩斜面だが、登城口からは這って登るような急斜面が続く。

 勝賀城は、山頂部に本丸・二の丸・三の丸と帯曲輪が梯郭式に一二三段状に配置され、更に北の尾根筋に連郭式に曲輪を配置した縄張りだ。

 現在、山頂部の本丸部分は下草も刈られ、本丸の周囲を囲む土塁、石垣などの遺構は比較的確認しやすいが、その他の曲輪はブッシュに覆われ、遺構の確認は困難な状態であった。


歴     史

 勝賀城は、承久年間に香西資村によって築かれた。 香西氏は、以後佐料城を平時の居城、勝賀城を詰の城として代々居城した。

 南北朝時代以後は讃岐守護細川氏との結び付きを深め、応仁の乱の頃、香西元資は香川元明・安富盛長・奈良元安と供に細川四天王の一人に数えられた。 

 戦国時代、四国平定を目指す長宗我部元親の讃岐侵攻に備えて、18代当主香西佳清は天正3年に藤尾城を築いて、佐料城から藤尾城へと本城を移した。


お城へのアクセス
鉄 道: JR予讃本線鬼無駅〜バス/佐料
 車 : 高松道檀紙IC〜県道177号線〜県道175号線〜県道33号線〜市道
駐車場: なし。(登城口前に駐車スペース3台程度あり)


ひとくち MEMO
香西氏本城の詰めの城、支配地を一望にできる要害の城。
  • 勝賀城の登城口
    県道33号線沿いの佐料バス停のある佐料交差点から西へ向かう。(交差点のところに勝賀城への道しるべがある。) 西(勝賀山)に向かう途中、右手に奥津神社(佐料城)がある。 更に道なりに進みと勝賀山山麓を周回するように走る広い道路にでる。 ここに勝賀城の案内板がある。 この案内板の左手から勝賀山山麓一帯にある果樹園へと向かう農道へと進む。 登城口まで要所要所に道しるべが設置されていて迷うことはない。 登城口まで道幅は狭いが舗装された農道で車で登ることができる。 登城口からは直登に近い急な登城道が山頂の勝賀城まで続いている。(登城口から約30分で主郭へ) 

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