常陸 片野城



お城のデータ
所在地 茨城県石岡市根小屋
遺 構 曲輪、土塁、空堀
形 式 平山城 築城者: 小田氏 築城年代: 南北朝時代


見 ど こ ろ

 片野城は、現在畑と雑木林となっていて、三の丸にある神社へ至る道沿いに石碑があり、一見遺構が無いように見える。 しかし、石碑の奥には、本丸・二の丸・三の丸の曲輪が良く保存されているのだ。

 それぞれの曲輪には、土塁が良く残っている。 特に二の丸の周囲には、わくわくするほどの土塁が残る。 また、曲輪と曲輪の間には空堀があり、特に本丸と二の丸の間の空堀は深さもあり見事なものだ。 本丸には、土橋が良く残っている。 片野城の近くにある泰寧寺には、滝川雄利の墓がある。 


歴     史

 片野城は、最初小田氏によって南北朝時代に築かれた。 その後、永禄9年に武蔵岩槻城を北条氏康に奪われた太田三楽斎資正が、常陸の佐竹義重に保護を求めてこの地に移り、片野城を築城して居城とした。 

 その後、慶長5年の関ヶ原で西軍に与した水戸城主佐竹義宣は、出羽久保田城に転封となった時、太田氏もこれに従い出羽に移った。

 伊勢神戸城主滝川雄利は、関ヶ原で西軍に加わり改易となったが、慶長8年、2万石の新封を賜り片野城に入った。 その後、2代正利が寛永2年に改易となり、城も廃城となった。 


お城へのアクセス
鉄 道: JR常磐線石岡駅〜バス/片野上宿
 車 : 常磐道千代田石岡IC〜県道138号線〜県道64号線
駐車場: なし。 石碑脇に3台程度の駐車スペースあり。


ひとくち MEMO
雑木林の中に眠る空堀と土塁が印象的なお城。

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