大隅 加瀬田城



お城のデータ
所在地 鹿児島県鹿屋市輝北町平房字中平房
遺 構 曲輪、空堀、竪堀、井戸
形 式 山城 築城者: 肝付氏 築城年代: 鎌倉時代


見 ど こ ろ

 加世田城は、西から東に向けて突き出し半島状の丘陵に築かれた城だ。 北は深い谷、東に平房川が流れ、南は当時小川を堰き止めた水堀、加世田城は規模は小さいながらも要害の城だ。

 加世田城の縄張りは、東から本丸・二の丸・三の丸、3つの曲輪からなり、それぞれを空堀で区切った縄張りだ。 一応遊歩道が整備はされているが、それぞれの曲輪を見ることは出来る。


歴     史

 加瀬田城は、平房城とも高雲加瀬田城ともよばれ、鎌倉時代の末期に肝付氏によって築かれた。

 建武3年に高山城主肝付兼重が南朝方として挙兵すると甥の肝付兼隆がこの城に籠城、島津貞久の軍に攻められ落城した。

 戦国時代、肝付兼続は天文年間に加世田城を奪回して旧領を回復した。 天正6年、肝付氏滅亡後は島津氏の領する所となり、島津右馬・志比島伊予が在番となった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR日豊本線国分駅〜バス/中平房
 車 : 東九州道国分IC〜国道10号線〜国道504号線〜県道72号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
小振りながらも要害の地にきずかれたお城。
  • 加世田城の登城口
    平房川を南に渡った小集落の入口に加世田城の案内板があり、ここを右折して坂を200mほど登る坂の途中右手に石碑と登城口がある。

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