淡路 叶堂城



お城のデータ
所在地 兵庫県南あわじ市松帆古津路
遺 構 石垣
形 式 平城 築城者: 石川紀伊守 築城年代: 文禄4年


見 ど こ ろ

 叶堂城は、三原川の河口に築かれた水軍の根拠地として、志知城に替わって築かれた城だ。

 昭和59年に三原川の治水工事により、築城時の地形とは大きく変わったが、元々廃城後も感応寺の改修等により、城の遺構は大きく改変されていたようだ。

 現在、城の遺構は高台の様に見える感応寺の西面下部の石垣が築城当時の石垣が残されている。 また、東・南・北面の石垣は江戸時代に感応寺改修時に蜂須賀氏によって築かれたものだ。


歴     史

 文禄4年、志知城主加藤嘉明は伊予正木城へと移封になり、この地は豊臣家の直轄領になった。 豊臣家の代官石川紀伊守、三宅丹後守が治めた。 

 この石川氏が代官の時、志知城を廃して三原川河口に新城を築いたのが叶堂城である。

 慶長5年、関ヶ原で西軍に与した石川紀伊守は敗走した後、城は廃城となった。 江戸時代には、城跡に感応寺が再建され、阿波徳島藩主蜂須賀氏の保護を受け、石垣等の改修が行われた。


お城へのアクセス
鉄 道: 淡路交通バス洲本〜湊
 車 : 神戸淡路鳴門道西淡三原IC〜県道31号線
駐車場: 感応寺参拝者用の無料駐車場を利用。


ひとくち MEMO
三原川河口にある立派な石垣のあるお寺(感応寺)、実はお城・・・。

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