肥前 勘次ヶ城



お城のデータ
所在地 長崎県五島市富江町岳字山崎
遺 構 曲輪、石垣
形 式 平城 築城者: 不明 築城年代: 不明


見 ど こ ろ

 勘次ヶ城は、山崎の海岸際に築かれた倭寇築城の城で、『山崎の石塁』と呼ばれている。 案内板の説明によると、山崎石塁の構造は、倭寇が活躍した当時明国沿岸に築かれた海賊の築城と同型と云われてとか。

 海岸線に沿って築かれた石塁は、延長約80m・高さ約4mほどあり、いくつかの石室も設けられ、ここに倭寇が貿易や略奪で得た品々の保管場所でもあった。 これを裏付ける数々の出土物が発見されているようだ。


歴     史

 勘次ヶ城は、築城年代や築城者については定かでない。 室町時代に朝鮮半島から中国大陸を侵した海賊は、「倭寇」と呼ばれていたが、富江の豪族田尾氏は、松浦党に属し、ここを出城として海賊・密貿易(倭寇)で勢力を伸ばしたと云われている。(現地案内板より)


お城へのアクセス
鉄 道: 福江(福江港)〜バス/山崎
 車 : 福江港〜県道49号線/富江(富江小学校前)〜市道
駐車場: 勘次ヶ城の無料駐車場を利用。


ひとくち MEMO
倭寇が築いたお城には、貿易や略奪したお宝が・・・。

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