備前 金川城



お城のデータ
所在地 岡山県岡山市北区御津金川
遺 構 曲輪、石垣、土塁、井戸、堀切、竪堀
形 式 山城 築城者: 松田盛朝 築城年代: 承久年間


見 ど こ ろ

 江戸時代に岡山城主池田氏の家老日置氏が金川城の麓に金川陣屋を構えていたのが、現在の岡山市北区役所支所のあった所で、陣屋の石垣が今も残っていた。

 御津町役場から七曲がりの大手道を登ること、約40分程で出丸を経て二の丸に到着する。

 臥龍山山頂に築かれた金川城は、山頂部の本丸・大手曲輪・二の丸が連郭式に配置され、本丸北には、鞍部を隔てて北の丸、本丸西の尾根筋には道林寺丸の曲輪群がある。

 備前西部を支配した松田氏の本城だけに、その規模の大きさには驚かされ、本丸下の直径5m、深さ10m以上あろう『天守の井戸』に度肝を抜かれ、北の丸の二重堀切の見事さにただただ感激してしまった。

 金川城には、天守の井戸以外にも二の丸杉の木井戸、北の丸白水の井戸があり、何れも遺構としては良好な保存状態であった。 また、破城された証であろうか、金川城のいたるところに崩された石垣の石材が散乱している。 ほんの少しではあるが、道林寺丸の遊歩道沿いに石垣が残っていた。


歴     史

 金川城は、承久年間に松田盛朝に築城し、松田氏代々の居城であった。 松田氏中興の祖、松田元成は文明12年い居城を富山城から金川城へと移し、城を改築して居城とした。 元成は、備前西半国を領有して自立し、守護赤松氏、守護代浦上氏と対立した。

 永禄11年、松田元輝は新興勢力岡山城主宇喜多直家によって攻められ、13代235年続いた松田氏は滅亡した。

 松田氏滅亡後、直家の舎弟浮田春家が城主となった。 慶長5年、関ヶ原で敗れた宇喜多秀家は改易となり、小早川秀秋が備前に入国した時、金川城は廃城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR津山線金川駅〜徒歩約10分(登城口)
 車 : 山陽道岡山IC〜国道53号線
駐車場: 七曲神社・妙覚寺の無料駐車場を利用.。


ひとくち MEMO
備前西部に勢力を誇った戦国大名松田氏の居城だったお城。
  • 金川城の登城口
    金川城の登城道は、北区役所支所の前から登る大手道と妙覚寺西側から登るルートがある。
    お薦めは、大手道から登り、帰りは妙覚寺へと下りるコースだ。

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