日向 加久藤城



お城のデータ
所在地 宮崎県えびの市小田字城内
遺 構 曲輪、土塁、竪堀
形 式 山城 築城者: 北原氏 築城年代: 応永年間


見 ど こ ろ

 加久藤城から少し離れたところ(車で5分程度)にあるえびの市文化センターを訪れると良い。 加久藤城・飯野城の登城口の案内図を事務所で貰うことができる。

 加久藤城は、山頂部に本丸・二の丸、東側に新城を配置した縄張りだ。 現在本丸は神社境内となり、二の丸は梅林となっていた。

 城の遺構は、本丸にある神社の本殿裏に低いが土塁が残っていて、二の丸北側にも草に覆われているが土塁があった。


歴     史

 加久藤城は、応永年間に真幸院領主北原氏によって築かれた。 永禄3年、北原兼守が死去したのち後継をめぐって都於郡城主伊東義祐の横槍もあり、永禄5年に至り北原氏は滅亡した。

 北原氏滅亡後、永禄7年に飯野城主となった島津義弘が所領となり、天正18年まで義弘夫人が居住していた。

 元亀3年、伊東氏の攻撃を受けたが木崎原の戦いで島津氏が勝利し、伊東氏衰退の原因となった。 その後、南郷若狭守が城主となったが、元和元年の一国一城令により廃城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR吉都線えびの駅〜徒歩、バス/松原(路線詳細 宮崎交通のHPへ
 車 : 九州道えびのIC〜国道268号線〜国道221号線
駐車場: なし。(松原バス停前、まきのストアーの駐車場を利用。)


ひとくち MEMO
伊東氏没落の原因となった木崎原の合戦の舞台ともなったお城。
  • 加久藤城の登城口
    まきのストアーから国道221号線を渡って、北側の住宅地へ入る道を進む。 この住宅地が加久藤の外城(麓)の小さな城下町。 ともかく住宅地の中の道を突き当たりまで進むと、道は右にカーブする。 左手の山が加久藤城だ。 道なりに進むと山手へと上り坂となる所に大手門跡の標識がある。 

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