伊賀 掛田城



お城のデータ
所在地 三重県伊賀市下川原字六十苅
遺 構 曲輪、土塁、石垣、空堀
形 式 丘城 築城者: 富増伊予守 築城年代: 室町時代


見 ど こ ろ

 掛田城は、伊勢街道を木津川を見下ろす街道の要衝、掛田峯と呼ばれる丘陵の先端部を利用して築かれた城だ。

 縄張りは、伊賀の土豪の城で見られる土塁囲みの単郭方形の城を丘陵のピークから方形の曲輪を二段重ねたような縄張りだ。

 主郭を囲繞する切込土塁を土塁、さらに主郭内に一段高く土塁に囲まれた物見台の遺構が良好に残され、主郭背後の堀切と空堀の遺構共々見応えがあった。 


歴     史

 掛田城は、富増伊予守城とも呼ばれ、室町時代に富増伊予守によって築かれた。

 天正7年、丸山城で敗れた北畠信雄は、伊賀へ侵攻。 伊勢路口からの北畠軍は、掛田城に富増一族は立て籠もり、北畠軍に勝利した。

 天正9年、再度伊賀に攻め入った北畠信雄は、伊勢路口から滝川雄利・織田信澄を先鋒に侵攻して掛田城を包囲した。 寄せ手の多勢に戦意を失った伊賀勢は本田氏城他へ撤退し、掛田城は落城した。


お城へのアクセス
鉄 道: 近鉄大阪線青山町駅〜バス/下川原
 車 : 名阪国道上野東IC〜国道422号線〜国道165号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
分厚い土塁囲みの主郭、内部には更に土塁囲みの物見台があるお城。

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