薩摩 伊作城



お城のデータ
所在地 鹿児島県日置市吹上町麓
遺 構 曲輪、土塁、堀切
形 式 山城 築城者: 伊作島津氏 築城年代: 暦応・康永年間


見 ど こ ろ

 伊作川右岸、県道に沿って東西に伸びる丘陵に伊作城は築かれている。 シラスに覆われた丘陵を深く掘って曲輪を分立させた南九州特有の城の構造を持った城だ。

 駐車場の南側に山之城、その東に東之城、此処から西に向かって蔵之城・本丸・御仮屋城・西之城・花見城と曲輪群が尾根筋を堀切で区分した曲輪群が並ぶ。

 各曲輪とも公園化されて遺構も確認しやすい状態となっていて、本丸には島津忠良・義久・義弘らの誕生地の石碑と城跡碑が立てられていた。 


歴     史

 伊作城は、南北朝時代の暦応・康永年間に伊作島津氏によって築かれた。 伊作島津氏は、弘安4年に島津宗家3代久経の次男久長が伊作荘地頭を分与され、南北朝の争乱期に伊作城が築かれた。 

 伊作10代が「島津氏中興の祖」と呼ばれている日新斎忠良。 永正9年に忠良は相州家運久の養子となり伊作・相州両島津家を継承し、田布施城を居城とした。

 大永6年、忠良の長男貴久が宗家16代を継いで以降、忠良・貴久父子によって三州統一へと動き、天文19年には鹿児島内城を築いて移った。 江戸時代には外城として伊作麓が置かれた。


お城へのアクセス
鉄 道: JR鹿児島本線伊集院駅〜バス/伊作
 車 : 指宿スカイライン谷山IC〜県道20号線
駐車場: 伊作城の無料駐車場を利用。


ひとくち MEMO
近世島津氏発祥の地となったお城。

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