近江 朽木岩神館



お城のデータ
所在地 滋賀県高島市朽木岩瀬
遺 構 石垣、土塁、庭園
形 式 平山城 築城者: 朽木義綱 築城年代: 鎌倉時代


見 ど こ ろ

 興聖寺は、国の指定名勝に指定されている旧秀隣寺庭園と花の寺として有名だ。 この朽木氏の菩提寺興聖寺が建つ場所が、中世朽木氏の居館跡だ。

 館跡は、街道を見下ろす高台にあり、本堂裏には空堀や土塁が残るそうだ。

 本堂前の庭園は、12代将軍足利義晴が朽木稙綱を頼った時、管領細川高国によって浅井亮政・朝倉孝景の援助で作庭されたもので往時のまま現存している。 庭の一角に「足利義晴庭園」の石碑があった。


歴     史

 鎌倉時代承久の乱の戦功により朽木荘を得た近江守護佐々木信綱は、守護職を三男泰綱(六角氏祖)に譲り、この地に致仕した。 その後、孫の義綱の代から朽木氏を名乗り、明治までこの地を領した。

 この地は、室町時代から戦国時代にかけて、京と北陸を結ぶ間道の要衝で、京の戦乱を逃れた足利義澄・義晴・義輝・義昭と4代の将軍が、朽木に仮御所を設けて身を潜めている。

 また、元亀元年には織田信長が越前金ヶ崎からの退路、ここで休み朽木元綱の案内で京へと戻っている。


お城へのアクセス
鉄 道: JR湖西線安曇川駅〜江若バス/野尻or村民グランド前)
 車 : 名神高速大津IC〜国道161号線/堅田〜国道367号線
名神高速京都東IC〜国道161号線/堅田〜国道367号線
駐車場: 興聖寺参拝者用の無料駐車場(約5台程度)を利用。


ひとくち MEMO
足利将軍も織田信長も逃げてきた時に滞在した館。

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