筑前 元寇防塁
     (今津防塁)


お城のデータ
所在地 福岡県福岡市西区今津
遺 構 石塁
形 式 防塁 築城者: 鎌倉幕府 築城年代: 建治2年


見 ど こ ろ

 元寇防塁は、西は今津から東は香椎まで博多湾海岸線に約20kmに渡って築かれている。 防塁は九州各国御家人の分担地区により構造は異なるが、概ね3m程の高さに築かれている。

 今津防塁は、大隅と日向国が分担して柑子岳の麓から毘沙門岳の麓まで約3kmに渡って築かれている。 現在は、今津の松原中に発掘された高さ約3m程の石塁が残っていて、それ以外にも頂上部の石材のみ露出している箇所も多くの残っている。


歴     史

 文永3年、鎌倉幕府は元からの通交の求めに応じなかったため元・高麗の大軍が来襲し、博多湾から上陸して九州の御家人と激戦となったり、博多湾海岸線全域が戦場となった。(文永の役)

 文永12年、鎌倉幕府は元の再来に備えて鎮西御家人に異国警護番役を命じ、永仁元年には鎮西探題を設置して北条一門を西下して御家人を統括し、建治2年には石築地(防塁)を築かせた。 弘安4年の元寇再来時(弘安の役)には防塁と鎮西御家人の奮戦により、元寇の上陸を阻止に成功した。


お城へのアクセス
鉄 道: JR筑肥線九大学研都市駅〜バス/今津運動公園前
 車 : 福岡都市高速環状線今宿IC〜県道54号線
駐車場: 今津元寇防塁の無料駐車場を利用。


ひとくち MEMO
松林の中には累々と築かれた石塁が残る防塁。

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