美濃 今 城



お城のデータ
所在地 岐阜県可児市今
遺 構 曲輪、土塁、堀切
形 式 山城 築城者: 小池家継 築城年代: 天文年間


見 ど こ ろ

 今城は、豪族の城郭で規模も小さい。 その縄張りは、山頂部に周囲を土塁に囲まれた一の曲輪があり、虎口が南北に2個所開かれている。

 一段北側に下がった所に二の曲輪があり、ここが屋敷跡と云われていて、小池氏の墓と云われている小さな五輪塔が数基あった。


歴     史

 今城は、天文年間に小池家継が築いたと云われている。 小池氏の自出は定かではないが鎌倉時代には鳥羽院の北面の武士であったらしい。

 永禄8年、美濃を制した織田信長は、森可成を金山城主に封じて東美濃の旗頭とした際、東美濃の諸将と同様に奥村氏も森氏に従った。

 天正10年、織田信長が本能寺の変にて討たれると、それまで森氏に従っていた東濃諸将はこぞって森氏に反旗を翻した。 森長可は、反抗する諸将を各個撃破しこれを鎮圧したが、このおりに今城も落城したと考えられる。


お城へのアクセス
鉄 道: JR太多線下切駅〜徒歩約20分
 車 : 中央道多治見IC〜国道248号線〜県道113号線
駐車場: なし。(今老人いこい家の駐車場を利用)


ひとくち MEMO
民家の裏山に土塁に囲まれた曲輪が残るお城。
  • 今城の登城口
    今城の登城口は少々判りづらい。 今地区中程の「今老人憩いの家」(酒屋の向かい)がまず目印。 憩いの家裏側に見える小高い山が今城址のある愛宕山で、憩いの家から山へ向かって路地を入り、一つ目の角を左手に曲がると今城の石碑が建てられている。 ここが登城口だ。

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