播磨 飯野山城



お城のデータ
所在地 兵庫県佐用郡佐用町円光寺字平谷
遺 構 曲輪、土塁、堀切、石塁
形 式 山城 築城者: 間島景能 築城年代: 建長年間


見 ど こ ろ

 急な坂道と石段を登り、神社拝殿前で一休み。 神社の裏から巨石を積み上げた石塁を見ながら急な斜面をを登ると、堀切と土塁が姿を現す。

 ここが飯野山城南の端の曲輪だ。 この曲輪から、さらに北の尾根土居に曲輪(削平地)が一列に並び、一段高くなった切岸を登ると、またそこから5段の削平地が尾根上に並んでいて、土塁と堀切があった。

 飯野山城は、全くの未整備で神社から上には道はない。 ブッシュかき分けて登るしかないので、それなりの装備が必要。


歴     史

 飯野山城は、平安時代末期嘉応年間に吉屋宗達によって築かれたと云われているが、建長年間に上月城主得平頼景の孫、間島景能が新たに築城して城主となった。 景能以後、代々間島・太田(間島一族)氏が居城した。

 嘉吉元年、嘉吉の乱の時、飯野山城主間島新三郎は、城山城に宗家赤松満祐と共に討ち死にし間島氏は滅亡、飯野山城も廃城となった。

 天正5年、毛利氏がに尼子勝久が籠もる上月城を攻めた時、毛利方の間島祐貴が一時在城していたと伝えられている。


お城へのアクセス
鉄 道: 智頭急行鉄道久崎駅〜徒歩約5分(登城口)
 車 : 中国道佐用IC〜国道373号線
駐車場: なし。(国道沿い笹ヶ丘バス停前に駐車スペース約20台あり)


ひとくち MEMO
道無き道をかき分けて直登すると其処にはお城が・・・。
  • 飯野山城の登城口
    久崎小学校の北側の山が飯野山だ。 山腹に大避神社があり、参道の入口が国道脇のガソリンスタンド脇にある。 神社本殿裏から尾根筋をただひたすら直登する。

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