日向 山田城



お城のデータ
所在地 宮崎県都城市山田町山田字脇之馬場
遺 構 空堀
形 式 平山城 築城者: 北原氏 築城年代: 応永年間


見 ど こ ろ

 山田城は、現在山田町役場と運動公園のグランドとなっている。 役場の庁舎背後のグランド脇に山田城の案内板が建てられていた。

 山田城は、本丸(役場)と二の丸(運動公園)と二つの曲輪からなる城だ。

 城の遺構は、二の丸のグランド南側の竹藪の中に長さ15m程の空堀が残っている。 確認出来なかったが、教育委員会の説明によると、道路を挟んだ竹藪の中にも旧道に沿うように空堀が残っているとのことだ。 


歴     史
(現地案内板より)

 山田城は、北原氏によって応永年間に築城された。 永正〜大永年間に北原氏の将白阪左衛門が城主であったが、都城城主北郷氏がこの城を奪い、北郷久家を城主とした。

 大永2年、北郷久家は梶山城攻めで討死し、小杉頼武が城主となったが、北原氏に攻められ落城。 北原氏の持城となり、北原遠江守が城主となった。

 天文11年、都城城主北郷忠相が山田城を奪い、北郷忠茂を城主として以後、一時伊集院忠棟の所領となったが、庄内の乱後再度北郷氏の所領となり、元和元年の一国一城令によって廃城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR日豊本線都城駅〜バス/山田(路線詳細 宮崎交通のHPへ
 車 : 宮崎道都城IC〜国道10号線〜県道46号線
駐車場: 山田町役場の駐車場を利用。


ひとくち MEMO
グランドの南側にある竹藪の中に空堀が残っているお城。

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