伯耆 岩倉城



お城のデータ
所在地 鳥取県倉吉市岩倉
遺 構 曲輪、土塁、石垣
形 式 山城 築城者: 小鴨元兼 築城年代: 寿永・元暦年間


見 ど こ ろ

 比較的整備された登城道を登ること約30分、岩倉城二の丸下の曲輪に着く。 この曲輪から二の丸への虎口付近に僅かであるが、石垣が積まれている。(ちょうど、石垣の手前にベンチが設置されていて、一休みにもってこいだ。)

 二の丸〜本丸へと2つの曲輪を経て登る。 どの曲輪も下草が綺麗に苅られ、城の遺構を探索するには非常にありがたい。 城跡からの眺望はあまり期待できないが、山城を満喫することは間違いなし。 


歴     史
(現地案内板より)

 岩倉城は、寿永・元暦年間に小鴨元兼によって築かれ、以後小鴨氏累代の居城となった。

 大永4年、出雲月山富田城主尼子経久の伯耆侵攻により落城し、城主小鴨良幸は城を追われた、後に城を奪回した。

 小鴨良幸の養子元清(羽衣石城主南条宗勝の次男)は、南条氏と共に吉川元春の配下となる。 永禄12年に尼子勝久に一時城を奪われたが、無事城を奪還した。

 天正7年、小鴨元清は南条元続と共に毛利氏から離れ、織田方に帰属する。 そのため吉川元長を総大将とする大軍に攻められ、天正10年に落城した。 その後、慶長5年南条元忠改易と共に廃城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR山陰本線倉吉駅〜バス/岩倉
 車 : 米子道蒜山IC〜国道482号線〜国道313号線〜県道309号線
駐車場: なし。(永昌寺前の岩倉城案内板前に路上駐車)


ひとくち MEMO
梨園から竹藪、そして雑木の中を登城道は続き、登り詰めれば整備されたお城が・・・。
  • 岩倉城の登城口
    岩倉城の登城口は、一応道標があるが、極めて判りづらい。 岩倉地区の永昌寺前に案内板から岩倉川を渡る細い農道を100m程進むと、広い舗装道に出る。 この地点の山側は梨園だが、梨園の角に登城道入口の道標がある。 草に埋もれかけているので逃し易い。

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