筑後 発心城



お城のデータ
所在地 福岡県久留米市草野町発心岳
遺 構 曲輪、土塁、堀切、竪堀
形 式 山城 築城者: 草野家清 築城年代: 天正五年


見 ど こ ろ

 発心城は、耳納山系発心岳山頂部を中心に築かれた城だ。 比高650mは難攻不落の城と云える。 もっとも城主は、北麓の発心公園のところにある居館にいたのだろう・・・。 

 発心城は、山頂部に本丸を置き、北に延びる尾根筋に二の丸・三の丸を配し、また主郭西側にも曲輪を配した縄張りの城だ。

 生い茂る草で竪堀や石垣などの遺構を確認できなかったのは残念だが、城址からの眺望が気分を晴れ晴れとしたものとしてくれた。


歴     史

 発心城は、天正五年に草野家清によって築かれた。 草野氏は、平安末期からこの地に勢力を持ち、源平争乱期に軍功を上げ源頼朝より筑後在国司・押領使に任じられた。

 戦国時代、草野氏は竹井城(草野城)を代々の居城として大友氏に従っていた。 天正五年、大友宗隣が日向耳川の合戦で島津氏に敗北すると、草野家清は竹井城を廃し、より堅固な発心城へと居城を移した。

 天正15年、豊臣秀吉の九州征伐の折、草野家清は秀吉の怒りを買い誘殺され名家草野家は滅亡し、発心城も廃城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR鹿児島本線久留米駅〜バス/御井町、タクシー
 車 : 九州道久留米IC〜県道750号線〜耳納スカイライン
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
比高650mの山頂に築かれた難攻不落のお城。

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