紀伊 堀内新宮城



お城のデータ
所在地 和歌山県新宮市千種1丁目
遺 構 堀跡
形 式 平城 築城者: 堀内氏 築城年代: 不明


見 ど こ ろ

 熊野新宮速玉大社の南、千穂が峯の麓に堀内氏の居城の新宮城があった。

 城の規模は定かではないが、全龍寺が建てられている。 ここに城があった痕跡すら今はない。 ただ、全龍寺山門前にある石碑と説明板、そしてかつては城の周囲に廻らされていたであろう水堀の一部が寺の西側に僅かに残っているだけだ。


歴     史

 堀内氏は、代々熊野新宮別当を勤め、新宮に居館を構えていた。 この居館が堀内新宮城である。 堀内氏は、天文年間に堀内氏虎の代から勢力を伸ばし、子の氏善の時には、ほぼ牟婁郡全域を支配した。

 堀内氏善は、天正13年の豊臣秀吉の紀州攻めには秀吉方に与し、本領を安堵され、天正19年には秀吉から「熊野惣地」に任命されている。

 慶長5年、関ヶ原の戦いでは、堀内氏善は西軍につき伊勢方面に出兵したが西軍の敗北により新宮に兵を戻したが、和歌山城主桑山一晴に新宮城を攻められ落城した。

 氏善は新宮から大里の京(みやこ)城 に一旦は落ちのびたが、その後、許され肥後熊本の加藤清正に預けられた。


お城へのアクセス
鉄 道: JR紀勢本線新宮駅〜バス/裁判所前
 車 : 湯浅御坊道路御坊IC、伊勢道伊勢IC〜国道42号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
戦国時代の熊野の覇者、堀内氏の居城。

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