薩摩 平佐城



お城のデータ
所在地 鹿児島県薩摩川内市平佐町2193
遺 構 なし。
形 式 平山城 築城者: 薩摩氏 築城年代: 鎌倉時代


見 ど こ ろ

 秀吉の大軍を相手に寡兵で籠城戦を繰り広げた平佐城は、現在のJR薩摩川内駅の辺りが三の丸・線路を越えて東側の平佐西小学校の辺りが二の丸・芦高山から諏訪神社辺りが本丸があったとされているが、現在は全く城の遺構は残っていない。

 江戸時代には、小学校敷地に平佐麓の地頭御仮屋が置かれ、背後の住宅地一帯が麓の武家屋敷であった。 今もこの辺りを散策すると武家屋敷の面影を見ることが出来る。


歴     史

 平山城は、鎌倉時代に薩摩氏によって築かれた。 南北朝時代に守護島津貞久が居城を碇山城へと移し、この城も島津氏の所領となった。 応永14年に島津総州家伊久が没ると島津奥州家元久が平山城を攻め、総州家の島津忠朝は城を捨て永利城へと移った。 以後、平山城は入来院氏に与えられた。

 、元亀元年には島津義久の直轄良となり、天正8年頃から平佐地頭には桂忠ムが就いた。 桂忠ムは、天正15年に豊臣秀吉が攻め来た時、この城に籠もり小西行長・脇坂安治らの軍勢と戦って善戦し、主君島津義久の命よりようやく開城して一躍有名になった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR鹿児島本線薩摩川内駅〜徒歩約5分
 車 : 南九州道薩摩川内都IC〜国道3号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
秀吉の大軍から寡兵をもって守り抜いたお城。

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