近江 彦根城



お城のデータ
所在地 滋賀県彦根市金亀町
遺 構 天守、櫓、門、石垣、堀、竪堀
形 式 平山城 築城者: 井伊直継、直孝 築城年代: 慶長8年


見 ど こ ろ

 彦根城は、内堀・中堀より内郭が現在でも極めて良好に遺構が残る城だ。 彦根城は、井伊氏の関東時代の居城上野箕輪城をモデルに築かれたと云われている。

 築城に取りかかった時、井伊氏の石高は18万石。 その後、寛永10年には30万石と石高は増え、後に外曲輪を増築したが、櫓や堀などは全て18万石の家格に合った規模で築かれているため、城の規模自体もさほど大きくはないものの、もっとも完成度の高い平山城の一つと云えるだろう。

 城は、彦根山の山頂に本丸を置き、山の尾根に沿って連郭式に曲輪を配した山城の要素を多分に持った城だ。 内堀より内部の主要部を見るだけなら、山城(丘城)と云っても過言ではないだろう。

 初めて訪れた人でも彦根城の良さを満喫できるための建物や縄張りなど、5つのチェックポイントを紹介してみよう。

【1.佐和口周辺】
 石垣の上には多聞櫓が建ち並び二層隅櫓が3基、これらの櫓の白壁が満々と水を湛えた堀にその姿を映す。 キャッスルホテル前から見ると、佐和口多聞櫓、城山の中腹に天秤櫓、そしてその後ろに天守、お城好きには堪えられない風景がそこにある。

【2.表門付近】
 内郭部に入る表門前に、御馬屋がある。 彦根藩主の駿馬十数頭が飼われていたところで、現存する遺構は彦根城だけだ。 また、大手門前には家老西郷氏の長屋門もある。
 表門を入ったところに表御殿が復元されていて、中は博物館で井伊氏所有の家宝類が展示されている。

【3.鐘の丸周辺】
 彦根城の曲輪の中で一番堅固であったとか。 大手口と表門からの登城道は、天秤櫓の下で合流する。 寄せ手は鐘の丸を経なければ本丸へとは進めない縄張りとなっている。
 ここでは、縄張りの巧みさと天秤櫓を下からながめるのがお勧め。 隠れたポイントは、鐘の丸下の帯曲輪みる高石垣と東西2ヶ所にある竪堀と登り石垣。

【4.本丸周辺】
 なんと言っても城の要、本丸。 三層の天守(国宝)は、大修理の工事も終わり、装いも新たになって金の装飾の色が目映い。 西の丸から見る天守は、なかなか迫力がある。
 本丸月見櫓下の腰曲輪から裏門に向けて、堅堀と登り石垣がある。 彦根城には全部で5ヶ所の堅堀と登り石垣があったが、往時は石垣上には城壁が築かれ、この塀を「登り塀」と呼ばれていた。

【5.西の丸周辺】
 三重櫓・多聞櫓と空堀を見るのをお忘れなく。
 訪れる時期にもよるが、晩秋〜春先までの間であれば、人質曲輪の石段下からぐるっと石垣に沿って廻ると、空堀の下に出られる。
 この空堀底から見上げる高石垣と三階櫓、迫力十分だ。 また、空堀の両端にも堅堀と登り石垣がある。


歴     史

 慶長5年、関ヶ原の役の戦功により井伊直政は、西軍の首謀者石田三成の居城佐和山城を与えられ、上野高崎から18万石で入封する。 

 直政は、慶長7年から彦根山(磯山・金亀山)に築城しようとしたが計画半ばで死去。 意志を継いだ嫡男直継は慶長8年に着工し、伊賀・伊勢・尾張・美濃・飛騨・若狭・越前の7ヶ国12大名がお手伝い普請を徳川家康から命じられ、弟直孝の代に完成した。

 彦根城は、佐和山城小谷城長浜城大津城安土城より建物・石垣などを移している。 天守閣は大津城より、西の丸3重櫓は小谷城天守と伝えられ、天秤櫓は長浜城から移築したなど、彦根城は寄せ集めの城でもある。

 井伊氏は、譜代筆頭の30万石を領し、役職も老中の上席大老に就任した。 幕末の桜田門外の変でたおれた井伊直弼は14代目の当主。


お城へのアクセス
鉄 道: JR東海道本線彦根駅〜徒歩
 車 : 名神高速彦根IC〜国号306号線〜市道
駐車場: 佐和口より入り、表御門前に有料駐車場あり


ひとくち MEMO
国宝の現存天守があるお城。
湖東地方一番の観光スポットだ。 「湖とお城」絵になる城だ。
  • 彦根城の写真を撮るには午前中が良い。 特に佐和山口の多聞櫓群と堀に浮かぶ白壁の写真は、良く晴れた早朝に撮影するのがお奨め。 

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