羽前 長谷堂城



お城のデータ
所在地 山形県山形市長谷堂館山
遺 構 曲輪
形 式 山城 築城者: 不明 築城年代: 不明


見 ど こ ろ

 長谷堂城は、独立丘の城山山頂に築かれ、米沢と山形を結ぶ小白府街道・狐越街道を押さえる最上氏の山形城防衛の前衛拠点よして重要な城であった。

 城の縄張りは、城山山頂部に主郭を置き、峰に沿って同円心状に幾段もの策平された曲輪が配置されている。 案内板の図に拠ると、城山の周囲に空堀を設けて、更に東側の平地部に堀と土塁に囲まれた外曲輪があったようだ。

 八幡橋口・内町口(大手口)・観音坂口(搦め手口)・湯田口と城山への登城道があるが、現在は長谷観音堂がある曲輪から主郭へと通ずるルートが登りやすく、また良く曲輪の遺構を残している。  


歴     史

 長谷堂城は、築城年代や築城者については定かでない。 永正11年に伊達氏が最上方の長谷堂城を落としたとの記録があり、この頃には既に最上氏の城として機能していた。

 慶長5年、直江兼続に率いられた上杉軍2万が米沢から東軍に与した山形城の最上義光を討つべく北上して、長谷堂城を囲んだ。 城主志村光安は上杉の猛攻から長谷堂城を守り通し、上杉勢の山形盆地進入を阻止した。

 翌年、志村光安はこの戦功により東禅寺城3万石の城主となった。 その後坂紀伊守が城主となったが、元和8年に最上義俊改易となり、長谷堂城も廃城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR奥羽本線・山形新幹線山形駅〜バス/長谷堂
 車 : 東北中央道山形上山IC〜国道13号線〜県道170線〜国道348号線
駐車場: 観世音菩薩(長谷観音堂)の参拝者用無料駐車場を利用。


ひとくち MEMO
直江兼続率いる上杉の大軍も落とせなかったお城。

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