摂津 原田城



お城のデータ
所在地 大阪府豊中市曽根西町4−4−15
遺 構 なし。
形 式 丘城 築城者: 不明 築城年代: 不明


見 ど こ ろ

 曽根駅から商店街を西に約500mほど行くと、住宅地の中に原田城の碑と案内板があった。 これが現在の原田城の姿だ。

 碑のある地点一帯は、確かに高台となっていて、千里丘陵から西に延びる尾根筋の先端部を利用して築かれた城だ。 市街地に飲み込まれて遺構は何も残っていないが、発掘調査では幅18m、深さ6mもの巨大な堀が確認されたとか。


歴     史

 原田城の築城年代や築城者は定かではないが、天文10年に管領細川晴元の家臣木沢長政が原田城を攻めていることから、天文年間初頭には原田城は存在したと云えるだろう。

 天文16年、三好長慶と細川晴元の抗争は激しさを増し、三好日向の守る原田城は、細川晴元の猛攻により落城した。 天正6年、織田信長による伊丹有岡城主荒木村重討伐の際には、付城として、中川清秀らが在城した。


お城へのアクセス
鉄 道: 阪急電鉄宝塚線曽根駅〜徒歩約10分
 車 : 阪神高速11号池田線豊中南IC〜府道11号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
市街地に埋没してしまい、地形から推定するしかないお城。

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