下野 御前原城



お城のデータ
所在地 栃木県矢板市早川町174−5
遺 構 曲輪、土塁、空堀
形 式 平城 築城者: 堀江頼純 築城年代: 治承・寿永年間


見 ど こ ろ

 御前原城は、現在シャープの工場群に囲まれた御前原公園となっている。 昭和40年までは本丸・二の丸・三の丸と城の旧形を留めていたそうだが、工場建設に伴い本丸を除いて消滅している。

 残された本丸は、ほぼ方形で二重の土塁によって固められている。 土塁の間を深さ約6mほどの周濠がめぐり、北と西に土橋を伴う虎口が設けられている。

 この残された周濠と土塁、県指定史跡にもなっているだけあって、なかなか見応えのある遺構であった。


歴     史

 御前原城は、治承・寿永年間に源義家の孫堀江頼純によって築かれたと伝えられている。 頼純は、塩谷氏を称した。

 宇都宮頼綱の弟朝業が塩谷朝義の養子となって家督を継ぎ、宇都宮氏の勢力拡大に伴い、源姓塩谷氏もその勢力下に組み込まれた。 その後、朝業は川崎城を築き本城とし、御前原城は、塩谷氏の居館の一つとして存続した。

 長禄2年、塩谷教綱が宇都宮城内で謀殺され、塩谷氏は断絶する。 その後、宇都宮正綱の四男孝綱が塩谷氏を継いで再興した。 孝綱の子由綱と時、天正18年に豊臣秀吉の関東入部に背き、塩谷郡を追われ奥州へと逃れ、この時川崎・御前原両城は廃城となった。 


お城へのアクセス
鉄 道: JR東北本線矢板駅〜バス/早川町
 車 : 東北道矢板IC〜国道4号線
駐車場: 御前原公園の無料駐車場を利用。


ひとくち MEMO
近代的な工場群の真ん中に中世城郭の本丸が残されているお城。

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