大和 古市城



お城のデータ
所在地 奈良県奈良市古市町
遺 構 曲輪、空堀
形 式 平山城 築城者: 古市氏 築城年代: 室町時代


見 ど こ ろ

 古市城は、現在古市小学校の敷地となっている高台を中心に築かれていた。

 小学校の一帯は周囲よりも一段と高くなっていて、小学校の西側の集落も城域であったとか。 更に出城であった古市高山城・藤原城が南への備えを形成していた。

 城の遺構は、古市本城は殆ど残っておらず、小学校南側に石碑が建てられているだけだが、小学校南側の溜池が堀跡だとか。 また、池の南側竹藪が高山城で空堀と曲輪が残っている。


歴     史
(出城の古市高山城の空堀)

 古市城は、室町時代に古市氏によって築かれた。 古市氏は、興福寺大乗院坊人であった古市氏は、室町中期頃より勢力を拡大し古市党を形成し、大和永享の乱後、古市胤仙−胤栄は北和の雄筒井氏と勢力を争った。

 応仁の乱以後、筒井・越智氏が大和国人を二分して争うが、古市澄胤は越智家栄の娘を正室に迎え、越智氏の中核として勢力を更に拡大し、明応2年の明応の変後に山城守護代に任じられている。

 大和国人衆と対立していた澄胤は、細川澄元が部将赤沢長経を大和に侵入させると、細川方に:与して大和国衆と戦っている。 永正五年、赤沢長経方が河内高屋城を攻めると澄胤も参戦し、この合戦では戦死した。

 古市公胤が跡を継ぐが、古市氏は勢力を失い天文12年に筒井順興に敗れた、古市城を自焼して東山内に退去し没落した。


お城へのアクセス
鉄 道: JR関西本線奈良駅・近鉄奈良線奈良駅〜バス/東市小学校前
 車 : 西名阪道天理IC〜国道169号線〜県道168号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
応仁の乱後の大和国で一大勢力を誇った古市党の本城。

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