肥前 福江城



お城のデータ
所在地 長崎県五島市池田町1−1
遺 構 門、曲輪、石垣、堀
形 式 平城 築城者: 五島盛徳 築城年代: 文久3年


見 ど こ ろ

 福江城は、福江港近くの市街地の中心部、現在の五島高校の敷地となっている。 幕末の異国船に対する海防を目的として築かれた城で、要所要所に台場が設けられた。 同時期に築かれた函館五稜郭のように火砲重視の西洋式縄張りではなく、日本で最後に築かれた「純粋な和式の城」である。

 ほぼ正方形の本丸(五島高校の校舎敷地)を取り込む様に内堀があり、それを取り囲む様に二の丸(高校グランド・五島邸・文化会館等敷地)が配され、その外側には外堀が設けられている。

 二の丸東側に設けられて大手門(表門)は、内枡形となり、櫓台の切込はぎの石垣が見事だ。 表門脇に水門、福江港に向かって築かれた東南隅の台場と異国船への海防のため築かれた海城の一面を見ることができる。

 建物の遺構としては、西側の五島邸がある曲輪への虎口に架かる石橋と高麗門、高校正門となっている裏門と内堀に架かる眼鏡橋(石橋)が残されていた。 


歴     史

 福江城は、文久3年に五島盛徳によって築かれた。 五島氏の前身宇久氏は、宇久島を基盤に勢力を伸ばし、文禄元年宇久純玄の時、五島氏と改称し、15,530石を領して石田に陣屋を構えていた。 石田陣屋を拡張して築かれたのが福江城で、本丸の内堀、外堀の石垣などが陣屋当時のものと云われている。

 近世五島氏8代盛運は、異国船防禦の観点から幕府へ築城を願い出るが認められず、再三願い出てようやく10代盛成の時に認められ、盛運の曾孫11代盛徳の時に完成する。 しかし、5年後には明治維新を迎え、完成から9年後の明治5年に廃城となり、城は解体された。


お城へのアクセス
鉄 道: 福江(福江港)〜バス/お濠前
 車 : 福江港〜国道384号線
駐車場: 五島観光歴史資料館の無料駐車場を利用。


ひとくち MEMO
日本で最後に築かれた五島氏悲願のお城。

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