駿河 深沢城



お城のデータ
所在地 静岡県御殿場市深沢
遺 構 曲輪、土塁、空堀、移築門
形 式 平城 築城者: 今川氏 築城年代: 不明


見 ど こ ろ

 深沢城は、宮沢川と抜川との合流点にある丘陵に築かれた城で、二つの河川が堀の役目を果たした要害の地となっている。

 深沢城は、本丸が三方を崖に囲まれた丘陵先端部にあり、丘陵南側へと空堀を隔てて二の丸・三の丸が配置された縄張りとなっている。

 三の丸は道路で分断されているが、道路西側には見事な三日月堀が残っている。 また、大手口から三の丸へのルートにも三日月堀・馬出し・喰違いの堀・土橋など遺構が良く残っていた。


歴     史

 深沢城は、築城年代は定かでないが今川氏によって築かれた。 その後、深沢城は、永禄11年に北条氏がこの地を領して以後武田氏滅亡までの間、この城を巡って北条・武田氏による争奪戦が行われた。

 元亀2年、武田信玄は北条方の深沢城を攻めた。 この時、信玄は城将北条綱成に宛てて開城を勧告する矢文を送った。 これが有名な「深沢矢文」である。 綱成はこの信玄の勧告を受け入れ深沢城を開城し、相模玉縄城へと退いた。

 武田信玄は、駒井昌直を城将として深沢城を守らせ、天正10年の武田氏滅亡までこの城は武田方の駿河における前進拠点としての役割を担った。

 天正12年、武田氏滅亡後この地を制した徳川家康は、北条氏への備えとして三宅康貞を置いたが、天正18年に北条氏滅亡後深沢城は廃城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: JR御殿場線御殿場駅〜バス/深沢城趾
 車 : 東名御殿場IC〜国道138号線/市役所北〜県道78号線
駐車場: なし。(深沢城の石碑脇に駐車スペース1台程度あり)


ひとくち MEMO
大規模な三日月堀が完存しているお城。
  • 深沢城城門の移築先
    大雲院 静岡県御殿場市深沢字西村寺内
    十輪寺

    静岡県駿東郡小山町菅沼


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