肥前 深江城



お城のデータ
所在地 長崎県南島原市深江町馬場名
遺 構 曲輪、土塁、堀
形 式 平城 築城者: 安富奉嗣 築城年代: 応永年間


見 ど こ ろ

 深江城は、島原の乱では一揆軍が最初に籠もり、島原藩兵を悩ました。  今では城の形跡を探すだけで一苦労する。 周囲の住宅地にもうすぐ埋没してしまうだろう。

 わずかに熊野神社がある出丸付近が、城跡の面影が幾分かある。 神社の周囲が土塁(土手と化している)が、ここが城跡と教えてくれ、北側の商店の脇に深江城址の案内板と碑があった。


歴     史
(現地案内板より)

 応永年間に鎌倉幕府の引付奉行安富奉嗣が深江の地頭職となって以来、この地を領した。 天正5年、佐賀村中城主龍造寺隆信が高来郡の征討を企て、日之江城主有馬鎮貴と対決した際には、安富純治・純泰父子は有馬勢の主力として戦っている。

 天正10年、有馬鎮貴が島津氏と手を組み、再度龍造寺隆信と戦った際には、龍造寺方となり深江城に籠城して戦っている。 その後、龍造寺隆信が沖田畷の合戦で敗死したため、安富純泰は佐賀に移り深江氏を称した。


お城へのアクセス
鉄 道: 島原鉄道深江駅〜徒歩約10分
 車 : 長崎道諫早IC〜国道251号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
島原の乱のとき、一揆軍が最初に籠城したお城。

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