下野 藤岡城



お城のデータ
所在地 栃木県栃木市藤岡町藤岡
遺 構 曲輪、空堀
形 式 平城 築城者: 平 将門 築城年代: 承平2年


見 ど こ ろ

 藤岡城は、現在の東武鉄道藤岡駅を東西に挟んだ一帯に築かれていた。 駅の東側は、住宅地となり城の遺構など面影の欠片も残されていない。

 線路を渡って西側の城跡へは、道は細いながら要所に道標が建てられ、本丸跡の三所神社まで迷わず行ける。 途中、工場の西側裏手には空堀が残り、神社西側には切岸が残されている。 


歴     史

 藤岡城は、承平2年に平将門によって築かれた花岡館が原形。 寛仁2年に足利成行が再興して中泉館と称し、、一族の佐貫重光を住まわせた。 元久2年、足利俊綱の三男忠行を領主となった。

 後に藤姓足利氏の一族富士房行が城主となり藤岡氏を称し、城も藤岡城と呼ばれるようになった。 藤岡氏は、房行−正房−房次−忠房−秀房−秀行−房国−房重−房行−宗房−政国−清秀と続き13代清房が小田原北条氏に従ったため、天正5年に佐野宗綱に攻められ落城、清房は自刃して藤岡氏は滅亡した。

藤岡城は、その後清房の家臣茂呂久重に引き継がれたが、天正18年に小田原北条氏滅亡と運命を共にして上野世良田で没し、藤岡城も廃城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: 東武鉄道日光線藤岡駅〜徒歩約10分
 車 : 東北道佐野藤岡IC〜国道50号線〜県道9号線〜町道
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
平将門が築き関東七ヶ城の一つに数えられたお城。

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