美濃 土田城



お城のデータ
所在地 岐阜県可児市土田
遺 構 曲輪、堀切、石垣
形 式 山城 築城者: 土田義久 築城年代: 文明年間


見 ど こ ろ
(現地案内板より)

 土田城は、生駒氏の出世城とも云われ、織田信長の生母土田御前の実家の城だ。

  標高172m(比高120m程?)、4つの峯からなる土田山のそれそれの峯に主郭・出丸が築かれた城で、一番西の峯に主郭、次の峯に大手曲輪、そして中曲輪と並び、一つ谷を経て東の峯に出丸が配置されている。 峯の山頂部分を削平しただけに曲輪一つ一つは非常に狭い。

 城の遺構としては、主郭部に堀切と西側の段に僅かに石積みの名残があった。

 大脇地区公民館前に土田城の石碑と案内板があり、土田城への登城口もここから登る。 一気に土田山の西峯に築かれた主城に登る登城道は、ともかくきつい斜面で2個所に鎖が取り付けてあるような道だ。


歴     史

 土田城は、文明年間に土田義久によって築かれた。 土田氏は、明智長山城の明智氏に従い、弘治2年に明智氏が斎藤義龍に攻められた時、土田源太夫は明智氏と共に討ち死にした。

 その後、土田泰久の次男甚助が生駒家広の養子となっていたが、土田嫡流家断絶後、土田城主となった。

 永禄8年、生駒親重は嫡子親正と共に織田信長に仕え、本領を安堵された。 その後、親正は戦功を重ねて讃岐一国を領して高松城を築き、本領の土田城は必然的に廃城となった。


お城へのアクセス
鉄 道: 名鉄広見線可児川駅〜徒歩約10分(登城口)
 車 : 中央道小牧東IC〜尾張パークウエイ清水IC〜国道41号線
駐車場: 大脇公民館前の無料駐車場(約20台程度)を利用。


ひとくち MEMO
四つの峰にそれぞれ曲輪が築かれたお城。

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