若狭 粟屋氏館



お城のデータ
所在地 福井県三方郡美浜町佐柿
遺 構 曲輪、土塁、石垣、
形 式 居館 築城者: 粟屋勝久 築城年代: 弘治2年


見 ど こ ろ

 粟屋氏館は、国吉城の城主居館(根古屋)として築かれ、城山西麓の3つの谷筋(東谷・中央谷・青蓮寺谷)を幾段にも削平して、曲輪群を置き、中央谷の一番下段(ここが一番広い)居館を構えている。 この中央谷と東谷の間を城山山頂に築かれた国吉城までの登城道が通っている。

 居館跡一帯は発掘調査がされ、城主居館背後の二段目の曲輪には石垣・石溝の遺構が出土しており、見応えのある遺構だ。 


歴     史

 粟屋氏館は、弘治2年粟屋勝久によって築かれた。 粟屋勝久は、若狭守護武田氏の重臣で「武田四老」の一人に数えられた。 守護家の相続争いにより武田氏の求心力が衰えると、三方郡東部を掌握して、守護家に叛乱を起こした。

 永禄6〜12年の長きに渡って、越前朝倉義景がこの城を攻めたが落城せず、「粟屋勝久の国吉籠城」と高く評価された。 元亀元年、粟屋勝久は織田信長の越前攻めの折り、熊川城に信長を出迎え、信長はこの国吉城を越前攻め本陣とした。

 粟屋勝久は、その後豊臣秀吉によって他国に移され、替わって木村重滋が入封し、佐柿に城下町を作った。 その重滋も文禄4年に改易された。 江戸時代には、小浜城主酒井氏の佐柿陣屋(奉行所)が粟屋勝久館跡に置かれた。


お城へのアクセス
鉄 道: JR小浜線美浜駅〜バス/佐柿
 車 : 舞鶴若狭道若狭美浜IC〜国道27号線
駐車場: 若狭国吉城歴史資料館の無料駐車場を利用。)


ひとくち MEMO
国吉城の城主居館(根古屋)
  • 国吉城の登城口
    敦賀方面から来ると、国道27号線の椿トンネル通り抜けてすぐの交差点を左折して佐柿の集落へと入り、そのまま直進するとTの字交差点を左折すると徳賞寺。 左手に国吉城里屋敷跡の石垣が見える。 この石垣に沿って北側へと進む細い道が登城道。 途中、出丸辺りで道が希薄になるが、迷わず上へ上へと登れば国吉城主郭部にたどり着ける。 

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