伊予 甘崎城



お城のデータ
所在地 愛媛県今治市上浦町甘崎
遺 構 曲輪、石垣、岩礁ピット
形 式 水軍城 築城者: 越智氏 築城年代: 天智天皇10年


見 ど こ ろ

 甘崎城は、芸予諸島の中央を通る鼻栗瀬戸を押さえる位置にある古城島全体に築かれている。

 この古城島は、春秋の大潮には対岸と砂州で繋がる「海割れ」現象があり、沖合約160mの古城島へ歩いて渡れる。 訪れた時、干潮時には海割れは起こらず、膝上まで海に浸かりながら渡った。

 甘崎城の縄張りは、南の曲輪・北の曲輪、この2つの曲輪を結ぶ帯曲輪からなり、藤堂氏改修により総石垣づくりの城だ。 算木積みの石垣の遺構が波打つ海辺に今も残り、船を係留した岩礁ピットも干潮時には各所に残っていた。


歴     史

 甘崎城は、天智天皇10年(671)に越智氏よって築かれた。 大和朝廷が白村江の戦いに敗れ、唐軍の来寇に備えて築かれた古代水軍城である。

 中世になると能島村上氏系の今岡氏が甘崎城を本拠とし、後に来島村上氏一族の村上吉継が居城した。

 慶長5年、藤堂高虎が今治を領すると、甘崎城の大改修を行い、弟藤堂大輔を配した。 大輔病没後は、菅宇兵衛・檜垣五郎が居城した。 慶長13年、藤堂高虎が伊勢津へ移封になった頃に甘崎城も廃城となったとみられている。


お城へのアクセス
鉄 道: JR予讃本線今治駅〜バス/大三島BS
 車 : しまなみ海道大三島IC〜国道317号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
藤堂高虎が築いた総石垣づくりの水軍城。

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