備前 天城陣屋



お城のデータ
所在地 岡山県倉敷市藤戸町天城
遺 構 移築門、石垣
形 式 陣屋 築城者: 池田由成 築城年代: 寛永16年


見 ど こ ろ

 天城陣屋は、岡山県立倉敷天城高校の北東にある小高い丘の上に築かれている。 現在、天城高校のサブグランドとなっていて、グランド入り口に陣屋(「お茶屋」と呼ばれている)の石碑が建てられているだけて、陣屋の遺構は残っていない。

 高校のグランド裏手(陣屋とは高校を挟んで反対側)の裏山には、天城池田家の墓所がある。

 天城陣屋のすぐ近くにある静光寺には、陣屋の門が移築されている。 また、静光寺に並んで建つ福正寺には、下津井城の城門が移築され、池田家墓所の南下にある遍照院には兵糧蔵が移築されている。

 ちょっと余談だが、忠臣蔵で有名な赤穂浅野家の家老大石内蔵助良雄の母親が、この天城池田家の出身であったとか。


歴     史

 天城池田家は、岡山池田家の家祖池田輝政の兄元助(小牧長久手の合戦で輝政の父恒興共々討死)の嫡男由之より始まる。

 初代由之は、叔父輝政が姫路城主となった時には利神城を築き、本家3代光政が鳥取移封の時には米子城主となった。

 天城家2代由成は、寛永6年、池田光政が鳥取城からから岡山城へと移封され、伊木(虫明)・片桐池田(周匝)・日置(金川)・森寺池田(建部)・土倉(佐伯)と天城池田の六家老を領国の要所に配置した時、備前下津井城で32,000石を領した。

 寛永16年、一国一城令により下津井城が廃城となり、由成は天城に陣屋を構え、以後代々天城を領して11代政和の時に明治を迎えた。


お城へのアクセス
鉄 道: JR瀬戸大橋線茶屋町駅〜バス/天城
 車 : 山陽道早島IC〜県道165号線
駐車場: なし。


ひとくち MEMO
池田輝政の兄元助の家系、本来の池田氏本流家の陣屋。
  • 天城陣屋の陣屋門移築先
    静光寺 :  岡山県倉敷市藤戸町天城

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