ショパン:その他のピアノ独奏曲

Frederic Chopin : Various works 
ショパンはほぼピアノ専業のキャラクターピース(性格的小品)作曲家と認知されています。ここに上げる3曲はいずれも単発の曲ですが、ショパンのピアノ曲の中でも特に素晴らしい作品ばかりで、傑作にふさわしい内容になっています。この3曲は他のショパン作品と一緒にCDに収録されることが多く、まとめて録音されているCDは少ないため、CD比較コーナーは作成しておりません。

幻想曲 Op.49
演奏会用アレグロ、バラード3番、ポロネーズ5番やマズルカOp.50などと同年に作曲されました。この年は作品数が多く(前年が寡作だったためと思われます)、しかも規模の大きな曲ばかりというのが特徴となっています。バラード、スケルツォ以外のジャンルにおいても大作志向が芽生えたと見ることができ、芸術的理念を作品規模に反映させることを意識した年といえます。華やかな演奏技巧を追求した演奏会用アレグロ、ドラマティックな展開を表現したバラード3番、民族的なリズムと幻想性の融合を模索したポロネーズ5番にマズルカと、それぞれ異なる特徴を持った曲になっています。これらの曲を作りつつ、幻想曲はより純音楽的な作品を創作しようという意識を持って取り組んだものと思われます。
この曲のポイントは舞踊性の排除と形式的な自由さにあります。主要部に3拍子系の拍子を使わないことで舞踊性をなくし、ソナタ形式や三部形式などの古典的な構成を取らないことで起承転結の予測がつきにくい、意外性のある曲想表現を可能にしています。ただし、曲の各部分はきちんとした流れがあり、幻想性と構築性のバランスを確保しています。これがショパン流のファンタジーなのです。なお後年、この曲の手法にポロネーズのリズムを融合した「幻想ポロネーズ」が生まれます。

<コラム:シューマンをとらえた幻想性・ファンタジーの魔力>
当時なんでもかんでもファンタジー、ファンタジーと連呼していたのは、またまたおなじみのロベルト・シューマンです。シューマンはまさにロマン主義の王道を行く人でした。そのため、情緒的あるいは文学的な着想から想像の翼を広げて(これが「ファンタジー」)、新しい時代にふさわしい作品を生み出そうとします。シューマンの作った幻想曲はその理念が結実したもので、非常に高い評価を得ています。またシューマンはショパンの作品にも文学的な価値や幻想性を見いだし、積極的に評論を書きました。
しかしショパンは作曲理念的に古典的なことを重視していたためこのようなシューマンの姿勢には否定的で、「シューマン氏はなんでも文学に結び付けたがる。(私の作品は別に文学なんか意識してないのに)」と苦言を呈しています。あくまで絶対音楽、純音楽として作品を生み出すショパンと、音楽の中に音楽以外の要素を閉じ込め、あるいは見い出し、そこに美しさや価値を求めたシューマン。二人の立場の違いが鮮明に表れたのが、それぞれの作った「幻想曲」と言えるのではないでしょうか。
 

子守歌 Op.57
ジョルジュ・サンドと親戚関係にあったとされる小さい子供とのふれあいに触発されて生まれた曲です。構成が非常に独特で、ノクターン様式で繰り返される伴奏の上を4小節単位の旋律がさまざまな修飾と変奏を繰り広げます。ただそれだけなのですが、とんでもない傑作なのです。ショパンは即興の名人でしたので、何かテーマがあればそこに修飾を加えて、いくらでも変奏を繰り広げることができたと思われます。この曲は、そのような即興的な変奏を書きとめ、音楽的な大きな流れを生むように並べることで成立しています。つまりショパンの即興演奏を書き留めた曲といっても過言ではありません。ピアニスティックでありながらも、コロラトゥーラやベル・カントを思い起こす歌謡性を持った装飾フレーズはショパンの独擅場でしょう。
また、この曲は途中で終止しないことも大きな特徴です。通常のショパンの曲では、旋律の合間を修飾的フレーズで繋ぐことはあっても、各パートの終わりにはカデンツ(終止部)が現れてフレーズの起承転結を明瞭にしています。ところがこの曲にはカデンツがなく、常に先へ先へとフレーズが伸びていくのです。このような書法は「子守歌」以外では見られないもので、この曲の特殊性を際だたせています。もちろん、以上のような音楽学的な事項を知らないで聴いても、この曲が子守歌以外の何者でもないことは誰もが理解できると思います。シンプルな繰り返しの中に親しみやすさと奥深さを兼ね備えた名曲です。 

舟歌 Op.60
ピアノ独奏の大曲としてはショパン最後の作品になります。拍子は12/8拍子(6/8の2倍)で旋律線の長さを強調していますが、アルペジョ伴奏+旋律、三部形式などはノクターンの特徴をそのまま受け継いでいます。すなわち、拡大されたノクターンといって良いでしょう。これをもってショパンの最高傑作とする人も多い名曲なので、あまり解説することはありません。優雅な旋律、幻想性のある高度な転調、ピアニスティックな演奏技法などは、すでに多くの人が指摘するとおりです。ここではこの曲以外にあまり見られない、情景描写や印象描写的なフレーズに着目したいと思います。印象描写的フレーズは、その後のドビュッシーなど印象派に受け継がれて行きます。
ショパンが舟歌を作ったのは36歳の時でした。同時期に作られたマズルカやワルツは規模が小さくなっており、小品と大作を明確に区別して書いたことがわかります。小品はいっそう完成度を高め、大作はさらなる自由度を獲得した時期ですが、残念なことにこれ以降の作品数は激減します。それは体調の問題というよりも、経済的事情の悪化のため何回も公開演奏会をしたり、イギリスに行って売り込み活動をしたりと、作曲以外の仕事をしなければならなかったのが原因と思われます。作品数が減ったのは残念ですが、この時期のリサイタルによって多くの人がショパンの自作自演を聴くことができたのはとても幸運だったと思います。もちろん舟歌も演目に入っており、繊細でありながら豊かな表現力をもったショパンの演奏に多くの人が感嘆したということです。

<最初の伴奏>
1小節に2つずつ入るアルペジョが緩やかに波打つ水面や、行き交うゴンドラの揺れを思わせます。途中に16分音符が入ってリズム的にアクセントがついているのがポイントです。これをすべて8分音符にしてしまうと、だらだらした印象になってしまいます。

 <中間部>
1小節に4つずつの脈動的なフレーズが続き、拍子が細分化されます。水の流れが少し速く、強くなったように思わせる効果があります。また、その上に加わる装飾フレーズは水面にきらめく光の描写のようです。

 <コーダ>
修飾的なフレーズを挿入してルバートすることで拍子が停滞します。これによって、水の流れが停滞しつつもキラキラとした小さな反射が続く映像を連想させます。


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