1.歴史的名盤編
ショパンエチュードではピアノの演奏技術と音楽性の融合が非常に高い次元で求められています。この点がショパンエチュードの演奏を難しいものにしていて、指が動いてピアノもちゃんと鳴っているのに演奏内容には心に訴えるものが感じられない・・・という録音が少なくありません。そんな中で、ポリーニの演奏はまさに決定盤にふさわしい内容と思われます。
- マウリツィオ・ポリーニ(Deutsche Grammophon/1972)<決定盤>
- ポリーニの実質的デビュー盤にして最高傑作とされています。誰もがショパンエチュード録音の頂点と認める文句の付けようのない完璧な演奏で世界遺産的録音と言っても過言ではないでしょう。また、多くの演奏家はショパンを弾くときに過剰な感情表現をしがちですが、このアルバムでポリーニは詩情や余分な抒情性を排して徹底的に技術面を追い求めているのが特徴です。楽譜に書かれた音符を完璧に鳴らし切ることを第一の目的としているといっても良いのですが、そのために曲の内容を明確に提示できているため、聴く人を圧倒する問答無用の迫力・説得力のある演奏になっています。全編を通じてクリスタルのように透明で鮮やかな音質が支配するのにも驚かされます。いろんな人のエチュード録音を聴いてこれに戻ってくると『ああ、ポリーニってやっぱり全然すごい!』と思います。
- マレイ・ペライア(Sony Classical/2002)<決定盤その2>
- ポリーニ以後ショパンエチュード演奏は技巧面が重視されるようになり、録音も技巧面を強調するものが主体になってしまったのですが、果たしてそれで良いのか?という疑問を持っていた多くのリスナーに出された一つの回答。それがこのCDです。実際にはペライアもかなりの技巧派なのですが、弾き飛ばすことよりもコントロールに主眼を置いているのがよくわかります。結果として、若きショパン特有のパトスを感じさせる勢いを持ちながらも、深みのある表現が聴かれる素晴らしい演奏となりました。豪快に始まりながらも、最後にディミヌエンドしてふわりと軟着陸するOp.10-1からしてただごとではありません。10-4、25-6、26-11といった難曲も見事な指さばきで弾ききります。しかし何と言っても白眉はエオリアンハープ。まさに音を溶かすようなアルペジョの中から忽然とメロディが浮かび上がってきます。これはもう、ショパンエチュード録音の新たな幕開けを告げる1枚と言えます。
- ニキタ・マガロフ(PHILIPS/1975)<あっぱれ>
- エチュード全曲録音は20世紀後半から盛んに行われるようになったのですが、大抵のピアニストは若いうち(20代)にやっています。指が俊敏に動くうちに録音しておこうという目論見もあると思うのですが、マガロフのこのCDはなんと60歳を過ぎてからの録音です。さすがにもう力強さは望めませんが、流れるようなフレーズは見事ですし、とにかく音色がめちゃくちゃ美しいです。柔らかく暖かいんですよね。
- ジョルジュ・シフラ(EMI/1962)
- Grate pianists of the 20th century(20世紀の偉大なピアニストたち)シリーズの中の1枚。リスト弾きとして有名なシフラですが、レパートリーは広かったようでショパンエチュード全曲録音もやっていてます。内容は炎の爆演という形容が一番適切で、自分自身の限界速度めいっぱいで思い切り弾いてるようです。難曲とされるOp.10-4は1分47秒(しかも最後はカデンツのオマケ付き)、黒鍵のエチュードが1分29秒といずれも最速。若い頃のホロヴィッツよりも速い。しかし、こんなめちゃくちゃな弾き方をしたらふつうは絶対に怒られますので要注意(笑)。
- 番外:ウラディーミル・ホロヴィッツ
- 全曲録音を残していないのですが素晴らしい演奏をしてる人として、この人の名を上げないわけにはいきません。若い頃の爆裂的超絶技巧演奏(しかも音楽的だったりする)はまさに悪魔が乗り移ったような雰囲気ですし、歳をとってからの演奏も味わい深いものがあります。
2.日本人編(よくできました)
- 伊藤恵(FONTEC/1991年)
- いろんな人のショパンエチュード録音を聴いているけどいまいち気に入ったのがなくて「やっぱエチュードはポリーニだよな」という感じに固まりつつあった僕の固定観念を吹き飛ばしたCDがこれ。演奏困難な箇所で意図的にルバートを入れちゃったりするのが惜しいですが、とにかく音楽の作り方が上手く、聴かせる演奏になっています。正攻法では自滅してしまうかもしれない難曲を、こういう方法で解決できるのならそれもいいのではないでしょうか。表現自体は「伊藤節」とも言える彼女の定番ですが、自然に音楽と結びついている点で好感が持てます。また日本人女性の場合どうしても音量不足が気になってしまうのですが、豊かに響く音色を持っていて得をしてます。特に左手のリズム感が抜群に良く、聞き慣れたエチュードが舞曲のように生き生きと動き回る様は実に小気味がよいです。後半は圧巻で、Op.25-10〜12の盛り上がりは非常に迫力があります。最後の「大洋のエチュード」などは文字通りアルペジオの大波がリスナーを圧倒し見事なクライマックスを作り上げています。
- 小山実稚恵(SONY/1991年) <あっぱれ>
- 頭から謎の植物を生やした豪華なジャケット写真がイカしてます(笑)。しかしショパンとチャイコフスキーの両コンクール入賞の実力は本物です。びっくりするくらいの正攻法でレベルが高く、世界的にも通用する立派な演奏です。あと、おそらく苦手な曲だと思うのですが、最初から最後まで一本調子で弾いてしまうものが少しあり、これが残念。それにしても指がよく動く人で、速い箇所でも絶対に破綻しない安定感があります。また離鍵の早さがスタカートの音色の美しさにつながっており、Op.10-11、Op.25-4、Op.25-9「蝶々」など、思わず息を飲むような曲もあります。さらに音響的なセンスが良いのか、意識的に長めにペダルを踏むことでとても良い響きを作り出す場面が印象に残りました。小山さんはショパン、ラフマニノフなどロマン派のレパートリーを中心に演奏活動をしているようですが、僕としてはこの特性を生かす方向で印象派や現代作品なども手がけて欲しいと思います。
- 藤原由紀乃(ビクター/2000年)<あっぱれ(別の意味で)>
- めっちゃテンポ遅いっす。「革命のエチュード」の始まりとか、笑っちゃうほど遅いのよ。でも、ちゃんとショパンエチュードの魅力は表現できてるんです。そこが不思議。というか遅いだけに1音1音の打鍵が完璧で、和音のテクスチュアもよくわかる感じです。これも目からウロコが落ちました。それと僕のように、ようやくショパンエチュードが弾けるようになった人では、どんなに練習を積んでもこの人のテンポがおそらく限界だと思うんですよね。でも、音楽表現上無理のない演奏ができるのであれば、そういった技術的ハンデは問題にならないんだなと思いました。このCDはピアノを弾く人、特にこれからショパンエチュードに入る人や、ショパンエチュードで苦労してる人は必聴だと思います。
- 参考データ:演奏時間比較(vs.小山実稚恵) Op.10-3(別れの曲)以外はすべて小山の方が速い
<Op.10>
藤原
小山
No.1
2:20
2:07
No.2
1:35
1:16
No.3
3:44
4:35
No.4
2:17
2:02
No.5
2:01
1:38
No.6
3:23
3:43
No.7
2:05
1:26
No.8
2:51
2:22
No.9
2:52
2:29
No.10
2:33
2:07
No.11
2:56
2:27
No.12
2:53
2:49
<Op.25>
藤原
小山
No.1
2:47
2:37
No.2
1:53
1:35
No.3
2:18
1:45
No.4
1:52
1:38
No.5
3:47
3:35
No.6
2:42
1:52
No.7
5:57
5:25
No.8
1:33
1:10
No.9
1:20
0:58
No.10
4:52
4:13
No.11
3:58
3:45
No.12
2:57
2:34
松沢ゆき(Novalis Classics/1959-60)- メカニック的には完璧。音色もよくコントロールされています。そういう点ではすごく評価が高い演奏なのですが、全体的に解釈が作為的で、演奏の品位を落としていると思います。フレーズが繰り返されるときには変化を付けないと気が済まないし、楽想変化も大袈裟に表現しないと気が済まないようです。左手の進行や内声の動きを強調したり、リズム表現を考えたり、よく考え設計されているのですが、それが完璧であればあるほど白けてしまう。いろいろ手をかけたことが十分に表現されるため細部ばかりが目立ってしまい、小手先の表現に終始して曲全体としては散漫な印象を与えてしまいます。表現に内的必然性が感じられないのは致命的です。早い話が、ショパンが楽譜に書いた以上のことをやりすぎて失敗していると思います。これだけいろいろやっているのにもかかわらず、装飾音の弾き方を間違えている箇所が散見されるのも痛い。もっと楽譜に忠実に弾くべきでしょう。メロディが自然に歌えている曲(10-3,6,9)や、演奏上の目的を絞っている曲(10-1,2,4, 25-6,7)などは大変良いと思います。
いろいろ手を尽くすならエチュードよりもサロン的小品の方が合っていて、併録されたワルツの表現などはとても素敵です。3.そのほか
- 横山幸雄(SONY/1992)
- 1曲1曲が丁寧に演奏されていて、完成度からも文句がありません。ただこれを録音した当時22歳だったということもあって、全体を通した流れがほとんど感じられず、散漫な印象があります。また、そのために横山幸雄らしさといったアピールもあまり感じられないのです。ポリーニ風であったりホロヴィッツ風であったり、先人の影響がモロに露呈する曲もあります(それはそれで面白いので一概にマイナスというわけではないのですが)。でもジャケット写真がすごく格好良くて好きです。今は見る影もないほど太ってしまいましたけど、ワイン評論とかに手を出して美味しいもの食べ過ぎてるんですよねきっと(爆)。
- 近藤嘉宏(コロムビア/1997)
- 長野県駒ヶ根市文化会館での録音(ワシの実家の隣町だったりする)。速い曲や機械的な動きが重視される曲は見事に弾けているのですが、内面表現が重視される曲もほとんど同じ調子で、要するに情感不足に感じてしまいます。はっきりとしたタッチは得意そうですが、柔らかなレガートが苦手っぽい。あとピアノの調整が良くないのか3kHzくらいが妙に上がってる録音なので、キンキンした響きが前面に出て神経に障ることがあります。CDのジャケット写真のようにいかにも好青年な雰囲気で、演奏も折り目正しくそんな感じ。・・・でも音楽ってそれだけじゃイケないんですよね。難しいところなんだけど。
(後日記)ピアノの音色は近藤さんの注文でわざわざ調整した結果のものであることが判明。この音色が近藤さんの好みということ。「まるく、柔らかい音色を好む人が多いけれども、僕はシャープな方が好き」という発言を随所でしています。というわけで、近藤ファンにとっては必聴盤といえますね。彼は他にも「長調のモーツァルトはつまらない。わずかしかない短調の曲の方が良い。」などと過激な、しかし意外に当を得た発言もしています。かなり頑固なポリシーを持っているようで、優しそうな外見に惑わされてはいけないという典型例と言えますね(笑)。- 園田高弘(Evica/1998)
- 小姑のごとくうるさい園田先生です。日本人の演奏に文句を付けるくせにご自身は日本に入り浸りという、典型的な外国人コンプレックスの困ったおじちゃん(この言われよう)。っつーか、アンタ自分の演奏はどうよ?プロなら演奏で勝負しましょ。ということでショパンエチュード。まず、この歳でショパンエチュード全曲録音をやろうという気概をほめましょう。しかしスピード感や力強さといったものからはほど遠いです。メカニカルな部分が弱いというか、もっとはっきり言うと、指さばきが遅いのでテンポが上げられない感じ。打鍵も離鍵も遅く、音色は輝かないしスタカートの歯切れは悪いです。音色・音量のダイナミクスも乏しい。全曲を無難にまとめている印象が強いです。そのため、逆に平坦なイメージがぬぐい去れないアルバムになってしまいました。しかし、フレージングやルバートの感覚はさすがに超一流というか、めっちゃ素晴らしい。あと鍵盤のタッチにすべてを賭けてるようなところがあって、陰影のある曲の表現なんか信じられないほど美しい。こういう人はメカニカルな弱さが露呈しやすいエチュードよりも、表現力や音色の美しさで勝負できるバラード等を録音して欲しいものです。
- 海老彰子(Camerata/1990) <あっぱれ>
- なぜかOp.25から始まるのです。「エオリアン・ハープ」から始まるショパンエチュード集CDってのも違和感ありますけど、中身は大変充実しております。とにかく指がよく回るのね。Op.10-4が1分55秒(すごい)、黒鍵が1分39秒と最速の部類です。ときどき滑ったり引っかけたりしてるけど、音楽の流れは十分だし、音色も美しいです。あっぱれ。僕のピアノの先生が大変高い評価をしていますが、もう少しフォルテに深みが欲しいかなーでもこの人にはムリかなー、という感じです。Op.10の快活な曲もすごく楽しそうに弾いてる感じで良いっす。
- ボリス・ベレゾフスキー(WARNER/1991)
- 1990年のチャイコフスキー・コンクールの優勝者で、その直後の録音ですが、うーん・・・。特にOp.10の解釈が全く独自で、ハマってる曲とそうでない曲の差が大きいです。Op.25の方が総じていい感じでした。
(後日記)いろいろ調べてみましたが、やはりこのCDはいただけない、という意見が一般的のようです。ベレゾフスキーの録音の中でもこのCDの評判はすこぶる悪いんです。リストの「超絶技巧練習曲」などはあんなに良い内容なのに、やはり向いていないのかなあ。ベレゾフスキーのファンの方ですらそう言うのだから、しょうがないかって感じ。- エリソ・ヴィルサラーゼ(Live Classics/1985 (Live))
- 海賊版かも。謎のCD。ショパンエチュード全曲演奏という、近年ありがちな無謀プログラム(苦笑)によるコンサートの録音で、最初のうちは緊張してるのか突っ込み気味になってる箇所が多いです。しかしOp.25になると断然良くなって、1つ1つの曲がキラキラ輝くような本当に素敵な演奏になります。女性ですがめちゃくちゃ力強いし、テクニックもすごい。とにかく全体的にテンポが速く、指もよく回る。最後の木枯らしのエチュードあたりではさすがに疲れも見えますが、もろともせずに轟音のように始まる大洋のエチュードにはたまげた(^^;;)。ショパンエチュードをコンサートでこれだけちゃんと弾けるのってかなりすごいかも。
(後日記)日本語解説の付いた正規版を入手。モスクワ音楽院の教授で、録音も音楽院でやったそうな。やっぱ、めちゃくちゃパワフルっす。- サンソン・フランソワ(EMI/1958,59)
- ショパン演奏で独自の世界を切り開いたフランソワもエチュードを全曲録音してます。が、モノラルでマスターテープのドロップアウトが多く、音質悪いっす。この人は技術よりも音楽性で聴くべきで、本来エチュードには向いていないと思われます。実際、技術的にはお世辞にも上手いとは言えないです。ただ「木枯らし」だけは例外でかなりの熱演。足でガンガンとテンポを取りながら弾いてるし(足踏みの音がしっかり録音されてます)、勝手にオクターブ上げたり下げたり、フレーズを増やしたりと、感性の赴くままに演奏を爆発させてます。いったいどうしたのかしらん、とびっくりしてしまいました。
- スタニスラフ・ブーニン(EMI/1998)
- 実はワシと同じ歳だったりするブーニン(1966年生まれ)。ショパンコンクールで優勝した直後に大フィーバーが起きたこともあって、すっかりショパン弾きというイメージが付いてしまいましたが、意外なことにエチュードはこれが初録音。ブーニン自身の演奏解説(というかウンチク?)が付いてるのがかなりイタイ感じです。ただ、そこでも書いてるようにポリーニの録音を非常に意識したらしい。あの方向性ではかなわないことは理解してるようで、時間をかけて自分なりの演奏を練り上げたのはわかるんですが、少々小細工に走りすぎた感じです。もっと素直に弾いた方がまとまりも良くなると思うんですが。最近のブーニンはどうも・・・という人が多いのもわかるなあ。このブーニンと比較すると、ツィメルマンやキーシンは格が2つも3つも上です。年齢的にもそろそろ曲がり角にさしかかってると思うので、これから一皮剥けられるかが勝負でしょう。
- 津田理子(ENKI/1998)
- 指はとてもよく回る、しかし全く力強さがない、という古典的日本人女性ピアニストの悪しき例を見た気分です。常にppp〜fくらいで破綻はないのだけれど、ff〜fffでガーンとやって欲しいところでもスルッと弾いてしまうので物足りなさが残ります。迫力の要求されるOp.25-10などは「やらなきゃよかったのに」というくらい情けないっす。反面、タッチの軽やかさが要求される曲でのフレーズの運び方、音色はすごいのものがあり、あっぱれという感じ。黒鍵、エオリアンハープ、25-2、蝶々などは大いに参考になります。革命はペダル踏みすぎで音が濁った(この人はペダル多用傾向あり)。木枯らしは指は完璧に動いていてフレーズの流れや見通しがすごく良い。右手の2声を完璧に弾き分けてる演奏は貴重です。しかし、左手があまりにも弱いので対比の関係でせっかくの右手が生きてません。結論。筋肉トレやりましょう。
- ジャンヌ=マリー・ダルレ(ENKI/1952)
- 指はとてもよく回る、力強さもある、という古典的女性ピアニストの良き例を見た気分です。録音が悪いのですが、輝かしい音色がとてもステキ。別れの曲や25-2で表現される憂いに満ちた感覚、メカニカルな曲での徹底して機械的な指運びなど、1曲ごとのキャラクターを明確に出す解釈がされているのが特徴です。
- アンドレイ・ガブリロフ(EMI)
- なんじゃこりゃ、と久しぶりに驚いたトンデモ盤。どの曲もめっちゃ速い速い。なにしろあまりに速くて時間が余ったようで、バラード1番&3番が追加収録されているんだから。特にOp.10のコンセプトは「速く弾くこと」に尽きるという感じ。世界的にも速い部類のポリーニや小山実稚恵をさらに上回ってます。ところがOp.25はうって変わって、表現優先になります(十分に速いのですが)。これはOp.10と25の音楽的な質の違いを読みとった結果だと思うのですが、前半は超絶技巧で威嚇しておいて後半になればなるほど俄然説得力が出てくるという展開になります。例えば25-6, 10などの重音&オクターブ系はレガート奏法を優先してショパンらしい寂寥感が存分に表現されます。バラードも素晴らしいっす。
- ニコライ・ルガンスキー(ERATO/1999)
- 集中力とコントロール力が感じられる内容。安易に弾き流すようなところが皆無です。簡単にまとめるとポリーニ系ですが、フレーズによってガラリと音色を変えてしまうことが多く、それがうまく成功してる曲と、逆に不自然に感じる曲があります。また、すごいフォルテが出せる人なのですが、ここぞという時しかフォルテシシモ(fff)で弾かないのが良いですね。いろんな意味で楽譜に忠実ですし、安心して聴けます。ロシア人らしく安定感があるのですが、黒鍵のエチュードなどではもう少し軽さとか華麗さも欲しいかなと思いました。
- マルコーム・ビンス(Pearl/1995)
- 平均的によく弾けてると思いますが、これといって凄いところもないという感じ。感心するけど感動しないというか。どこか醒めた印象で、緩急・大小の起伏に乏しいです。つまんにゃい。でも、タッチはきちんと揃っているし、よく弾けているとは思います。本人による簡単な各曲解説が付属(英語)。勉強するには良い1枚。
- イディル・ビレット(NAXOS/1990)
- 言わずと知れたNAXOSの女王。クラシックの中でも、比較的ポピュラーな作曲家の曲を何でもかんでも録音しているバイタリティは、アシュケナージに匹敵すると思います。しかし、たくさん録音するのは結構ですが、粗製乱造では困ります。最初のOp.10-1、10-2から、いっぱいいっぱい状態で弾いている様子が伝わってきます。かと思えば、Op.10-3「別れの曲」や10-9での密度の高さ、Op.25-2でのショパンらしい憂鬱さなど、なかなか聴かせる曲もあったりします。要は演奏が簡単な曲では十分に煮詰めた表現ができているのですが、難曲になると弾くだけで精一杯になってしまうんですね。曲による出来不出来の差が激しいです。あと注目すべき点は、どうもヘンレ版の楽譜を利用しているらしいこと。(ほとんどのピアニストはパデレフスキ版で弾いていると思われます)
- アグスティン・アニーヴァス(EMI/1972)
- メキシコ系のピアニストのようですが、なんとなくフランスっぽい奏法です。全体的にハーフタッチが多くて、もう少ししっかり弾いて欲しいなあと思う場面が多いですね。あと録音が悪くて、パサパサな音質になってしまっているのが惜しいです。軽やかさが要求される曲は本当に素晴らしいです。ワルツ集が一緒に収録されていますが、そちらの方がこの人には合っているようです。
- ジョン・ビンガム(Meridian/1992)
- トンデモ盤。演奏表現をいろいろ考慮しているのはわかるのですが、恣意的で不自然きわまりないものばかりで、かなり悪趣味です。音価をしっかり伸ばさない箇所も多いですし、ペダリングもおかしなところが目立ちます。フレーズの終わりを「スパッ!」と切ってしまうのもほとんど理解不能。これだけ個性的な表現をできるテクニックがあれば、もっと普通の演奏ができそうなものですが。せめて楽譜通りに弾いて欲しいです。
- ディノ・チアーニ(Dynamic/1968)
- 1974年に33歳の若さで交通事故のために夭折したピアニスト、チアーニのCDが復刻されました。トリビュート盤ということで、6枚セットで出た中の1枚がショパンエチュードになっています。このページで紹介するCDは、入手可能であること、音質的に許容範囲であることが条件だったので、ようやくこのCDも入れられます。全体的に非常に繊細で、速いフレーズは常にppp-mpあたりで演奏されるので若干欲求不満が残りますが、とにかくハーモニーやメロディの横の流れを演出するのが上手い。カツァリスみたいに強引に内声をえぐり出すのではなく、本当に自然にポリフォニーが歌えている感じです。なので、Op.10-1などは右手が装飾となりバスが朗々と歌い上げる解釈になります。決してアルペジオが下手なのではなくて(むしろ上手い)、10-11やエオリアン・ハープもメロディだけでなくバスや内声を多層的に唄わせていて、常に3〜4声を自在に操っている感じです。うーん、すごい。同時に収録されたCDで聴かせてくれるバラキレフの「イスラメイ」とか、ウェーバーのピアノソナタ全曲が超名演なので、それと比較するとちょっと落ちるかなと思いますが、ショパンエチュードをここまで消化できる人も珍しいと思いました。10-11だけでも聴く価値あると思います。この人が生きていればポリーニと2人でイタリアを代表するピアニストになったでしょうね。余談ですが、「イスラメイ」もいろいろ聴きましたが、この人がベストだと思います。オケ編曲版をピアノ独奏に戻した感じで、音色の使い分けが見事。
- シューラ・チェルカスキー(PTC/1955)
- メロディ以外の部分でも横の流れを作るのが大変うまく、和声の移り変わりや曲想の変化が自然に伝わってきます。黒鍵のエチュードとか右手のフレーズの軽さも素晴らしいのですが、それ以上に見事な流れを作り出す左手の伴奏の感心してしまう(笑)。歌い方も過度に感傷的にならず、しかし実に丁寧でこまやかな表情があって素敵です。フレーズの押しと引きも絶妙。各曲の特徴をとらえた表現も申し分がありません。重いフォルテシモで威嚇するタイプではなく、フレージングやアーティキュレーションだけで様々な表現を作り上げています。バスはもちろん、ちょっとした内声の動きまで気を配っている表現からは、曲に対する深い洞察を感じ取ることができます。さらに、どの曲も自然な息づかいで演奏されていて、作為的なところがありません。たぶん日常的にショパンエチュードを弾き込んでいたのでしょう。結果として、24曲を強引に一つのカラーでまとめてしまうのではなく、完成度の高い小品集のように聴ける名盤になりました。3つの新練習曲もいろんな人の演奏を聴きましたが、ここまで過不足なく表現されている演奏はほとんどないと思います。ちょっと音質が悪いのが難点ですが、ショパンエチュードがお好きな方は必聴の一枚だと思います。
- ヤロスラフ・ジェヴィエツキ(CANYON/1992)
- ショパン演奏の権威として有名なピアノの先生と同姓ですが、もちろん別人で若手中堅ピアニストです。3秒以上はあるかと思える長い残響が特徴の録音で、風呂場エコーというか、洞窟エコーというか、とにかく音響的につらい1枚です。演奏は上手いのですが、Op.10はタッチの揃い方が機械的で歌心に乏しい。このままでも十分に水準以上なのですが、「ショパンの国のピアニスト」などという煽り文句を付けるなら、もう一歩踏み込んだ表現を期待したいところです。装飾音の弾き方、p変な箇所があり(短前打音を速く弾きすぎる。ショパンの場合、拍と同時に開始するのがお約束。)少々気になりました。Op.10と比較するとOp.25はよく弾き込まれており、表現も十分に練られたものになっていて好感が持てました。この人のOp.25は全体的にOp.10より速いのが面白いです。特に難曲Op.25-6の精度の高さには脱帽。下田幸二さんが解説を書いてます。下田氏はピアニスト高橋多佳子さんの旦那です。綺麗なんだよね〜>多佳子女史。それにしても、夫婦でショパンオタクとは、羨ましい限りです。
- ウラディーミル・アシュケナージ(DECCA/?)
- アシュケナージの新盤と言われるDECCA盤。いろいろ調べたのですが、録音年代が不明で申し訳ありません。一般に入手できるアシュケナージのショパンエチュードはこの録音で、ポリーニ盤に次ぐと言われているのですが、個人的にはあまり評価していない一枚。アシュケナージのショパンはあまり好きでないというのも理由ですが、フォルテの時に妙にキンキンするようなピアノの音が好きになれないっす。逆に暗めの曲はすごく良くて、微妙な陰影の表現とかはさすが。あとアシュケナージは指が太いので黒鍵と白鍵が入り乱れる調性が苦手っぽい様子がうかがえます。嬰ハ短調のOp.10-4とかすごく弾きにくそうなのね(笑)。
- ウラディーミル・アシュケナージ(Yedang Classics/1959-60)<あっぱれ>
- 「アシュケナージの旧盤」と言われていた幻の録音です。メロディアなど旧ソ連系レーベルからマスターをごっそり買ったらしい韓国のYedang ClassicsからCDで再発しました。DECCAの録音を聴くのがアホらしく思えるほどの素晴らしい内容で、ポリーニ盤が出る前までは文句無くナンバーワンだったでしょう。10-2、25-6などの難曲をやすやすと、しかも情感豊かに弾いているのがアシュケナージの特徴です。アシュケナージがお好きな方は必携の一枚。
- 小菅優(ram/1999)
- 15、6歳でショパンエチュード全曲録音したという少女です。TV番組とかで取り上げられて話題になっていますが、このCDではしっかり自分で解釈できている曲もあれば、ぜんぜん内容がわからず先生に言われたとおりに弾いてるだけっぽい曲もあるのが惜しい感じ。なにしろ最初のOp.10-1、10-2があまりにも機械的で、ステレオタイプな日本人的演奏なのです。いったいどうなることかと思って聴くと10-3で非常に音楽的な表現を聴かせてくれてびっくり。しかし10-4ではまた悲しいくらい味も素っ気もない演奏(泣)。ところが10-9でまた突然エモーショナルな表現になる。そして革命のエチュードは機械的な左手が右手の表現を阻害。・・・そうなんです。単純なメロディを理解し、歌わせるのは非常に上手いのに、速い走句を大きな単位で歌うことができないんですね。指は動いているし、頭では曲も理解できているのですが、フレーズに対する呼吸の仕方が意識されていないため、ブレスの欲しいところを無視して突っ込んでしまうようです。ルバートなども作為的なものが多く、「なぜここで溜めるのか」という必然性が伝わってきません。また、リズムに対する感覚も鈍いものがあるようです。この傾向はOp.25になると致命的な欠陥として露呈しはじめます。特にOp.25の最後の3曲をこんな風にしか弾けないなら、もう2〜3年待ってから録音した方が良かったと思います。その間にショパンのようにオペラを愛し、バッハを愛し、音楽的修辞法の勉強をすべきでしょう。なお音色そのものが非常に良い人なので、今後に期待です(音色に魅力のない人は何を弾いてもおもしろくないので)。あと演奏をまとめるのではなく、広く大きな表現を作り上げることを意識して欲しいかも。全体的に表現がこじんまりしている感じがするのです。
- フレディ・ケンプ(BIS/2003)
- この人らしい清潔感のある演奏。速い曲をより速く弾こうという努力は認めますが、速いフレーズになると打鍵が浅くなりがちで、色彩感に乏しい機械的な演奏をしてしまうのです。以前からの欠点ですけどね。しかし相変わらずメロディを唄わせるのが抜群に上手く、そういう系統の曲の説得力が凄いです。ピアノで唄う技術に関しては若手ピアニストの中では図抜けた存在です。なので「別れの曲」などはじっくり聴かせてくれる名演になりますし、あえてスピードを抑えた「革命」では激情の裏に潜む深い絶望までも感じさせてくれます。あと、過去の演奏家にはない解釈を随所で利かせていて面白いです。意識的にペダル使用を控えて古楽器風の響きを作ったり、アーティキュレーションの取り方をバッハ風にしてみたり、左右を意識的にずらしたり、随所でポリフォニックな奏法をいろいろやってます。Op.10-1の弾き方からすでにそうなのですが、おそらくショパンがバッハから受けた影響を表現しようとしていると思われます。こういうことをやると目先の面白さだけが印象に残りがちですが、ナショナル・エディションを元に楽譜選定から楽曲構成までじっくり時間をかけて検討したようで、全体としてうまく整合性が取れています。この人はヴィルトゥオーゾになりたかったようですが、どうやら別の方向性を目指し始めたようです。今後に期待。
- ヴェセリン・スターネフ(Gega New/2001-2002)
- 機械的にフレーズを弾いてしまうことが多く、素っ気なく聞こえることが多いです。ツェルニーの練習曲みたいな弾き方をするのはどうかと思います。特に左手のリズミックな表現が悲しいくらい稚拙。よいしょ、どっこいしょ、という感じにズルズル重い伴奏ばかりで気が滅入ります。音色の種類も少ないし、どうも基本的な演奏テクニックに問題があるようです。10-3とか10-9、革命のように比較的難度の低い曲にならないときちんとした表現ができません。しかしその表現もなんだか不自然で、とにかく聴いていて疲れる1枚です。ブルガリアのレーベルなのですが、なぜこんな未熟なピアニストを録音したのかよくわかりません。
- ルイ・ロルティ(Chandos/1986) <あっぱれ>
- ものすごく丁寧かつ繊細な演奏です。神経質なくらいショパンの書いた強弱記号を守っていて、ffとfffの音量などは明確に違ってきます。あとこの人はレガート奏法の達人らしく、10-2などはビロードのように滑らかな半音階ですし、革命の左手はうねるように展開していきます。多声部の音色の使い分けも見事で、ハーモニーの横の流れも大変に美しいです(特に転調の聞かせ方が異様に上手い)。演奏表現も自然で、ルバートなども控えめにしており、楽想の動きを阻害しないように設計されています。全体的にもう少しフォルテの力強さや華やかさがが欲しいし、小さくまとめてしまった感がなきにしもあらずですが、完成度はずば抜けていています。繊細・優美という方向性で演奏されたショパンエチュードとしてはこれが最高峰でしょう。3つの新練習曲も収録されていますが、もはや練習曲の演奏という水準ではなくショパンの心情を吐露しているような感じです。CDを聴いているあいだずっと「ショパン本人の演奏もこんな風だったかもしれない」と思いました。
- 北川暁子(ALM Records/2002)
- 丁寧ですが攻めるところは果敢に攻めていて、スリリングさも感じさせてくれる個性的で面白い演奏です。バスの最低音を豊かに響かせて安定感も出しているのですが、ところどころ響きが重すぎるのが惜しいと思いました。この人の特徴として、リズムやアーティキュレーションに関する工夫しているのですが、あまり一般的な弾き方をしていない曲も多く違和感を覚えました。たとえば25-5の主部は3拍目にアクセントが来るマズルカのリズムなのですが、全然マズルカになっていません。この人がマズルカを読みとれないはずはなく、あえてマズルカ調を避けていると思うのですが、やはりそれはいかがなものかと。他にも細部の詰めの部分で妙にひとりよがりな解釈が目立ちます(おそらく、昔から弾いている手癖だと推測します)。あと5連譜などを律儀に5分割しているのは、演奏としては正確ですがやっぱり違和感が残るのです。それから10-2、25-6など弾きにくい曲で機械的な表現になってしまったのが残念。他の曲が個性的に弾けている分だけ差が目立ちます。北川先生のショパンエチュードということで期待が大きすぎたのか、ちょっと厳しい聴き方になってしまいました。
- クシストフ・ヤブウォンスキ(BeArTon/1998)
- ポーランド芸術文化省の後援によって録音されている一連のナショナル・エディション版のCDです。このCDの価値は良くも悪くも左の一文ですべてを述べつくしてしまったも同然です。できるかぎりオーセンティックな解釈を目指しているようで、ヤブオォンスキ自身の個性を感じることはほとんどできません。特筆すべきはテンポで、ナショナル・エディションに書かれたメトロノーム通りの速度で弾いていきますので、非常に速いです。別れの曲や10-7なども一般に弾かれるよりかなり速いので、若干の違和感を覚えました。ルバートは最小限で、フレーズの終わりなどもほとんど溜めずに次の小節に入っていきますので、聴かせどころなどもスルスルと流れてしまうイメージがあります。技術的には見事で、このテンポでよく弾いていると思いますが、速い箇所になるとタッチが浅くて軽くなる傾向があるのが惜しいと思いました。標準的な解釈の録音を残したいという意向はわかりますが、もう少しピアニスト自身の解釈や想いなどが反映されても良いのではないかと思います。
- アレクセイ・スカフロンスキ(VISTA VERA/1997)
- ライブ版。グネーシン音楽大学の教授だそうですが、ライブでここまで完璧に弾けちゃうってのはひたすら脱帽です。しかし演奏解釈はよく言えば個性的、悪く言えば恣意的で、かなり独自の世界観を持っているように思いました。ヘンレ版で弾いているようなのですが、微妙に声部を追加したり、右手をオクターブ上げたりする改変が気になりました。レガート奏法の技術はものすごいものがあり、深いタッチに命を賭けているような感じがしますが、黒鍵や蝶々などはもう少し軽いニュアンスが欲しかったかも。
- 江崎昌子(TRITON/2004)
- 全体的に丁寧に演奏されていますが、スタカートが短すぎる部分が多いと思います。特に左手の伴奏でそれが顕著です。録音したホールではよく響いていたのかもしれませんが、もう少し余韻を伸ばさないと、和声の横のつながりが出ません。あとペダルの使い方が大雑把なところがあり(これもホールのせい?)、違和感をもたらします。対旋律の処理や、カデンツの内声の聞かせ方などはうまく、センスのよさを感じさせてくれます。ショパンエチュード全曲録音ということもあったのか総じて肩に力が入りすぎで、もう少しリラックスした雰囲気が欲しいと思いました。
- ジョン・コウリ(MUSIC&ARTS/1999)
- 1832年ブロードウッド製ピアノを使用した録音ですが、これは駄目でした。いかにもフォルテピアノという音色ですが、ショパンには全く合いません。同時代のプレイエルやエラールは比較的現代ピアノに近く、これらでショパンを弾いても違和感はありませんが、ブロードウッドでは違和感しかもたらしません。楽器の選定ミスだと思います。なお鍵盤が軽くストロークも浅いので、テンポは非常に速いです。Op.10、Op.25に3つの芯練習曲まで入って56分間しかかかりません。ショパンの記したメトロノームを忠実に守ろうとしたようですが、その割にアゴーギクに不自然なところも多かったりします。
- ターマシュ・ヴァーシャーリ(DG/1965)
- テンポが一定しないというか、ふらつく曲が結構あり気になります。かなり不自然な揺れ方なので、複数テイクを継ぎはぎした結果かもしれません。テンポは遅め(この時代としては速い方だと思いますが)。重厚長大系の表現ではなく、繊細なニュアンスを大切にするピアニストなのですが、Op.10を正攻法で弾ききろうとして上手くいっていない感じです。しっかり、きっちりと弾けていますがフォルテの音色がよくなく、ぎこちないフレージングも多いです。Op.25は軽めのタッチを多めにして流れるようなフレーズを聞かせる曲が多くてさすがだと思いました。もう少ししっかりしたタッチも欲しいですが、この人にそれを要求しても仕方ない。あとペダルが濁るのを嫌うあまりチョコチョコ踏み変えすぎていて、響きが充実しない点は欲求不満になります。
- ルーバ・チモフェーエワ(Voice of Lyrics/1998)
- この人もアゴーギクが不自然です。やたらと溜めが多く、音楽の流れを阻害しています。打鍵してから溜めるのはあまり気持ちよくありません。Op.10-1なども「ドーン」と打鍵してから粘っこく始めてしまいます。しかし非常に指はよく動く人で、10-4や25-6など難曲になるほどニュアンス豊かに弾いてしまいます。また、ペダリングが非常にうまく、どんなに速いフレーズも濁らず1音1音がちゃんと聞こえます(ちゃんと聞こえるように弾く指の動きもすごいということ)。Op.10はデュナーミクも独特というか不自然であまり良くないのですが、Op.25は良いと思いました。
- ダニエル・デル・ピノ(VERSO/2004)
- 演奏者自身によるかなり詳細な全曲解説つきです(原語:スペイン語。英訳つき)。演奏技術面についていろいろ言及していますが、音楽系の専門用語だらけなので一般の人が読んでも理解不能でしょう。でもここまで詳しい解説の付いたCDは見たことがありません。演奏内容は非常に丁寧です。バスや内声の横の流れの表現がとても上手く、自然にできています。そのため、音楽全体の流れがとても優雅に聞こえます。音楽を大きく捉えていると思います。欠点は録音状態の悪さです。マイクセッティングに問題があるようで、低音部の分離が悪いです。高音部は明瞭に録音できているだけに非常に惜しいと思いました。でも名盤だと思います。
- 岡田博美(カメラータ・トウキョウ/2005)<あっぱれ>
- Op.10の長調で快活な曲に岡田さんの良くない部分が集約されたような録音です。平板なリズム表現、正確だけれども機械的でデュナーミクの起伏に乏しいフレージングなど、躍動感ある表現が苦手そうなことが伺えます。その反対に、陰影の表現や内的必然性を持った曲の演奏はとてつもない完成度で、この人の魅力は明らかにそっち方向ということがわかります。革命のエチュードも怒りが内側に向かう表現で、秘められた芯の強さのようなものも表現できています。3つの新練習曲、Op.25は総じて内因表現を重視していて、とても良いと思いました。Op.25-6はメカニックも完璧ですが、それ以上に憂鬱な空気感や転調に伴う微妙な色合いの変化などがあまりにも繊細に美しく表現されています。全体として、外面的演奏効果は弱いのですが、調性によって微妙に音色を変えるなど個々の曲の掘り下げが非常に深く、じっくりと聴き応えのあるCDになっていると思います。岡田さんの録音の代表作といえるでしょう。
- ウラド・ペルルミュテール(Nimbus Records/1982, 1983)
- 全体としてリズム表現が甘く、切れ味に乏しさを感じます。しかし80歳を前にした人とは思えない演奏です。特に打鍵時のタッチコントロールやレガートのニュアンス表現はすさまじいレベルです。おそらく指が鍵盤に吸い付くようなタッチで弾いていると思います。テンポはやや遅めながら、十分に和声感を堪能させてくれるOp.10-1や25-12などはメカニック的に完成された演奏が必ずしも感動に繋がるわけではないことを証明しています。16分音符の続くフレーズの歌い方なども見事で、テンポが上がらなくても、アゴーギクやデュナーミクが十分につけられなくても、他の方法で音楽性豊かな演奏ができることがよくわかります。フレーズの崩し弾きや独特な解釈はほとんどみられず、楽譜に忠実に弾いているのは1900年代初頭生まれのピアニストとしては珍しいのではないかと思います。
- 高橋多佳子(EXTON/2000)
- 「ショパンの旅路」という企画での録音ですが、かなり個性的な演奏です。あまりにも演奏解釈が若くて、苦笑するような場面が多いです。たぶん意識的にそうしているのだと思います。運動性が要求される曲は限界いっぱいまで速く弾いていますし、切迫した場面のフォルテはホロヴィッツ顔負けの大音響です。あと速いフレーズが濁らないように配慮しているようですが、どうしてもパラパラ弾いているように聞こえてしまいますし、流麗さに欠けた雰囲気になります。あとバスを弾くときのタッチが鋭いため、低域がドカッグサッという感じに響くことが多く、攻撃的な印象が残ります。攻撃的な曲やリズミックな強調が必要な場面はそれでも良いのですが、そうでない場面でも鋭い音質が使われるのは精神上よろしくありません。あと巨視的なフレーズ感や和声の変化による色合いの移り変わりなどの表現はかなりお粗末です(これもたぶん、意識的に無視しているのだと思います。そういうのは晩年の曲で表現しようという企画っぽいので)。若きショパンのパトスに焦点を当てた演奏解釈と言うことができるかと思います。
- ボリス・ベレゾフスキー(Warner Classics/2005)
- ショパンのオリジナルとゴドフスキー編曲版を並置して聞かせるというコンセプトの演奏会を録音したものです。10-1/2や黒鍵、革命など原曲とゴドフスキー版を比較しながら聞ける非常にマニアックなCDです。ショパンエチュードのゴドフスキー編曲版は非常に高度な演奏技巧を要することで有名ですが、難しさの割りに演奏効果が高くない編曲が多く、原曲と並置することでかえって原曲の良さが際だつ結果になっています。ゴドフスキー編曲版を演奏会で弾けること自体はものすごい偉業で、ベレゾフスキーの演奏技巧の高さの証明に他なりません。ただアンコール・ピースとして1〜2曲聞くならまだしも、連続して何曲も聞けるものではないというのが正直な感想です(2005年の来日リサイタル時はアンコールで披露したようです)。
- フランソワ=ルネ・デュシャーブル(ERATO/1980)
- デュシャーブルはリストの超絶技巧練習曲集の録音がとても速かったことで有名です。しかしこのCDの演奏テンポは特に速いということはなく、中庸だと思います。全体的に演奏表現を抑え目にしているため、どうかすると機械的に聞こえるフレーズもあったりしますが、「難所でもインテンポで弾いたほうが良いと思ったところは絶対にテンポを落とさない」という気概が貫かれているようでそこは立派だと思いました。10-1や10-8などメカニックの完成度を追及する曲はとことん正確ですし、25-6は最初から最後までかなり速いテンポで弾いています。近年は感情表現濃厚なショパン演奏が主流ですが、この人はエチュードらしいスタイリッシュな方向性を目指しているようです。あと録音の問題だと思うのですが、抜けが悪い音質でベタッとした雰囲気になってしまっていて、細かなニュアンスなどがわかりにくいです。
- アビー・サイモン(VOXBOX/1980)
- Baldwinピアノで録音されていて、柔らかくふくよかな低音、音色変化の幅の広さが特徴的です。テンポが遅いわけではないのですが、どの曲も余裕たっぷりに弾いていて、安心して聴くことができます。ぱっと聴いた感じではサラサラ弾いているように思えるのですが、注意してみると1つ1つの音に対するタッチが実によく制御されていることがわかります。というのは、このピアノはとても音色の幅が広く、高域で叩くようにタッチするとかなり刺激的な音が出るようなのです。にもかかわらず、速いフレーズにおいて強調される音とそうでない音を明確に区別しながら弾き分けています。さりげない演奏表現のように聞こえますが、とても高度な技術です。よどみなく流れる右手と弾むような左手の対比が実に見事なOp.10-8をはじめ、それぞれが独立した粋な小品のように聴かさてくれるCDです。
- ヴァルダン・マミコニアン(CALLIOPE/1993)
- あっさり、すっきり気味で統一された演奏です。響かせるべき音とそうでない音を明確に区別して弾いているのがポイントで、速いフレーズでもすべての音をベタッと同じ調子で弾くことがありません。なので、ぱっと聴いた感じは響きが充実しないし、レガートも不十分でパラパラ弾いているようなイメージをもたらします。実際、鍵盤を離すタイミングは微妙に早めになっているようですし、ペダリングも踏み過ぎないように意識していることが多く、これがすっきりした音響効果をもたらす要因になっていると思います。演奏技術的にはとても充実していて、弾きにくそうな曲や、無理してねじふせるようなフレーズはまったくありません。ただOp.10-1や10-8などはあまりにも軽やかな演奏なのでちょっと違和感があります。その反面、Op.10-12やOp.25-10、11、12などは非常に充実したフォルテで演奏されていて、とても強い説得力があります。できれば全編その手の濃い目な演奏解釈でやって欲しかったという気がしないでもありません。
- ロナルド・スミス(Nimbus Records/1989)
- 音質そのものは悪くないのですが残響が多いので細かなフレーズが明瞭に聞こえない部分があって、ストレスになります。演奏解釈は中庸さを心がけたようで、大きな破綻もなくまとめています。右手一本でポリフォニーを作り出す場面の表現など心憎いほど上手いのですが、一方で非常に素っ気無く弾いてしまうシーンもあったりして、フレーズによって表現の密度にバラツキがあるのが少し気になりました。快活な運動性を要求される曲は遅めのテンポになりますが、いっぱいいっぱいという雰囲気ではなく、きちんと表現できるテンポになっているので、遅さ自体はマイナスになっていません。また、短調の深刻な曲の演奏表現には深みがあってよいと思います。67歳のときの録音ということもあって、青春を懐かしむ熟年ともいうべき雰囲気すら感じさせてくれます。決してテクニシャンではないと思うのですが、24曲を無理なく音楽的に弾ききる演奏設計はさすがです。
- 新井博江(Live Notes/2005)
- アゴーギクとフレージングが独特です。フレーズの途中で溜めが入るのは妙に演歌的で、ショパンの歌い方としては好ましくないと思います。指はとてもよく動いていて、技巧的な曲はかなり速いテンポで弾いています。しかしその中でも不自然な溜めやルバートが入るため、自然な曲の流れを阻害しているように思いました。1曲を貫く拍子感、テンポ感が甘いので、ある瞬間においては指は完璧に動いていても1曲を通した構成感や重みといったものが表現されてきません。Op.10-1、10-2、10-4、10-5、10-8などどれも非常に速いのですが、ただそれだけです。黒鍵の軽やかな2拍子が全く表現されないのではもはや音楽とは呼べないのです。あまりステレオタイプな書き方はしたくないのですが、日本人にありがちな「指は動くけれど、拍子やリズム表現ができないピアニスト」の典型ではないかと思います。あと、全体にペダルを踏みすぎなのは問題あると思いました。濁らない範囲で最大限踏んでいるようで、フレーズや拍子が不明瞭になる一因となっています。せっかく指は動くのに、非常に惜しいと思いました。
- フィリップ・ジュジアーノ(MIRARE/不明〜おそらく2005年頃)
- 前奏曲集Op.28も一緒に収録された2枚組み。4500円程度と高価ですが、それだけの価値がある演奏です。まず非常に録音がよく、低域から高域まで伸びやかに響く美しいピアノの音色を満喫できます。演奏は非常に丁寧です。男性的な力強さを持ったピアニストですがそれを前面に出さず、かといってあまり繊細になりすぎず、高貴さを失わず…といった感じで演奏解釈のバランスが優れています。突出した個性があるわけではないのですが。1995年ショパンコンクール2位(最高位)だった理由はこの中庸さのためかもしれません。しかし音楽の完成度がとても高く、メカニックがどうのとか、楽譜の読みがどうのといった私のような素人でも気が付くような問題点は全くありません。大袈裟ではないけれども、ひとつひとつフレーズに対して丁寧な表情付けがなされていて、このピアニストの繊細な心遣いが伝わってきます。ここまでの細心の丁寧さこそがショパンの音楽を奏でる上で大切なのだ、ということを改めて認識できるCDだと思います。私見ですが、ショパンエチュードは楽譜をきっちり読んで弾くとこの人の演奏になると思います。そういう意味で私の理想とする演奏ともいえ、ショパンエチュードを練習する人にとって大いに参考になるCDであるともいえます。
- ギャーリック・オールソン(Arabesque Recordings/1996)
- 1つ1つの音に神経が行き届いた演奏です。エチュード集もオールソンの演奏の傾向…知的さを重視して、あからさまな感情表現を避ける…が貫かれています。この雰囲気をバランスがよいと見るか、表現力不足と感じるかで評価が違ってくると思います。テクニック的な問題はありませんし、演奏解釈も極端なところはなく、そういう点では水準以上の録音といえるでしょう。しかし丁寧に弾いている割に、リズムや拍子の表現を重視していないように思えます。そのため、Op.10-1や10-4、10-8といった技巧的な曲はちょっと聴いた感じでは細かなフレーズがさらさらと流れていくだけ、という仕上がりになりがちです。もっとも、よく聴いていくと、さまざまなタッチやペダルを駆使して、いろいろなニュアンスの音色を曲や場面によって使い分けていることがわかります。こういったところが玄人好みのピアニストなのだろうなと思います。なお、パデレフスキ版でなくヘンレ版で弾いている模様で、「別れの曲」の例の中間部を始めとして、いろいろな差異があります。
- ジョン・ルスナック(John Rusnak/1997)
- 大手のレコード会社からリリースされたものではなく、ピアニスト個人の事務所でプレスしたCDの模様です。録音環境も実に質素です(ピアノはヤマハC7で、DATに直接録音)。ポイントは"No effects, No digtal editing"と書かれているように、デジタルリバーブなどを使って残響を付加したり、波形編集をされていないことにあります。いわゆる一発録りだと思われます。テンポはやや遅めで丁寧には弾かれていますが、基礎的な技術に問題があり(Op.25-6や25-8はもうギリギリいっぱいで、Op.10-9や25-4など比較的平易と思われる曲も異様に弾きにくそう)、音楽の流れがぎくしゃくするときもあります。またミスタッチは非常に少ないのですが、譜読みが適当というか、音符を間違えて弾いている箇所がときどきあります(楽譜のミスプリかもしれません)。エオリアンハープでは最初の提示部を完全に間違っています。これなどは録音しなおした方がよかったのではないかと思いました。さらに、ピアノの特性と思われますが、柔らかい音色が出しにくいようで、結果として全体的にタッチのはっきりした曖昧さの少ない演奏になっています。それだけにキズが目立ちやすく、スリリングな緊張感の感じられるCDになっていると思います。
- フアナ・サヤス(Music & Arts/1983)
- 音が濁るのを極端に避けるあまりペダルが浅かったり、異様に細かなタイミングで踏みかえるために響きが充実しないことが多く、その点ではちょっと不満がある演奏です。その一方で、対旋律やポリフォニーの捉え方が独特で、面白い表現が多いです。バス+旋律+他の要素、というように常に3つとかそれ以上の要素を意識していると思います。指はとてもよく回っており、10-2、4、5、25-6などは速く流麗に惹かれています。また、Op.10よりもOp.25の法が演奏表現が練り上げられているようです。なお、木枯らしは最後のスケールを1オクターブ増やして弾くなどショパンの意図を壊さない範囲で楽譜を改変しており、ドラマティックな盛り上がりを作っています。
- アール・ワイルド(Chesky Records/1992)
- とても丁寧な演奏です。アゴーギクが控えめで、歌いまわしも抑制されているので全体としてはストイックな雰囲気が支配しています。一歩間違えると冷たく機械的になってしまいそうですが、そうならないのは構成をしっかり見通して演奏表現を作り上げているためだと思われます。印象的な和声変化などは、嫌味にならないようにさりげなく強調して聞かせたりといった、心憎い気配りがあちこちに見られます。また、ポリフォニーにおいて内声の処理がとても上手いです。10-6の中声などは官能的といってもよい艶っぽさすら感じさせます。これだけしっかり楽譜を読み込んでいるにもかかわらず(だからこそ?)、楽譜を無視して勝手に改変する部分もチラホラあって、いかがなものかと思いました。また、木枯らしの付点音符は三連符として2:1で処理しています。この曲の付点音符は3:1で弾く人が圧倒的に多く、明らかに2:1で弾いているのはこの人とリヒテルくらいで、とても珍しいと思います。
- スヴャトスラフ・リヒテル(Philips/1988)
- ライブ演奏。全曲ではなく抜粋です(Op.10-1/2/3/4/6/10/11/12、Op.-25/5/6/8/12/7)。晩年ということもあってさすがに衰えは隠せませんが、いかにもリヒテルらしい演奏で、個人的には全く魅力を感じません(笑)。ウナコルダを多用するくぐもったモノトーンの音色、控えめというよりほとんど無頓着と形容したくなるようなアゴーギクなど、共感できるところがありません。ライブのわりにミスが非常に少ないのはさすがですが、全曲録音というわけでもないのでファン以外にはお勧めできない1枚です。Op.25の手の内にはいった演奏表現と比較すると、Op.10は即物的な演奏という雰囲気が強いと思います。なお、前述のように木枯らしの付点音符は2:1で処理しています。
- ジョン・ブラウニング(RCA-BMG/1968)
- 久々にびっくりしたショパンエチュードです。メカニカルな完成度が異様に高いピアニストで、技巧的な曲はどれもかなり速いテンポでしっかり弾ききっています。打鍵の鋭さや音量で圧倒するタイプのピアニストではなく、なめらかなフレージングや柔らかいニュアンスを主体にして、軽やかで快速な演奏解釈をしていますので、フォルティッシモがほしい場面ではやや不満が残ります。またもう少しフレーズの歌い方を掘り下げてもいいように思いますが、1968年という時代を考慮すると、こういうスタイリッシュな方向性のほうが受けたのかもしれません。速いのにアーティキュレーションや複声部のバランスをしっかり考慮しているのは本当にお見事だと思います。
- レベッカ・ペネイズ(Centaur/1993)
- 1891年製のスタインウエイで弾かれています。鍵盤が軽いからでしょうか、速い曲は猛烈に速いんです。テンポだけならガブリーロフ以上の曲もあります(Op.10-1/1:30、10-2/1:36、10-5/1:17、25-6/1:52)。しかし、いわゆる爆演ではなくて、繊細なニュアンスを重視しています。繊細さと速さを両立させることで、細かいフレーズを流麗に聞かせようという意図が見えます。しかし、拍子感の表現がスポイルされており、さらさらと流れるだけの演奏になっているところが多いのが残念です。これは、左手の伴奏のリズム表現がおざなりになっていることと、フレーズの起伏に伴うデュナーミク表現が希薄なことが原因です。一方、速いテンポで弾こうとしない曲は演奏表現が一段と深くなり非常に素晴らしいです。弱音を駆使するOp.10-10や25-1/2などが特に美しいのはピアノによるところがあるかもしれませんが、これも素晴らしいです。演奏者自身が長い解説を書いていますが、どうしてこんなに速くなってしまったのかはよくわかりませんでした。
- エディット・ピヒト=アクセンフェルト(RCA-BMG/1975)
- チェンバロ奏者なので無理もないのですが、全体に指の弱さ(筋力のなさ)を感じさせます。重厚なフォルテを「どっこらしょ」という感じで弾いてしまいます。20代前半にはショパンコンクールに出場するなどピアノも十分に専門家レベルだったようですが。現代ピアノではなく、19世紀のプレイエルなど軽い鍵盤のピアノを使えばもっと良さが生きた演奏になっていたのではないかと思います。全体としては、「あのピヒト=アクセンフェルトが弾いたショパン・エチュード」という話題性しか見えてこないのが辛いところです。ただ、フレーズの見通しのよさや、弱音のニュアンス変化などはメカニック面の弱さを十分に補っています。打鍵は浅いのですが、それを生かした黒鍵などは独特の軽さがあります。
- カール=アンドレアス・コリー(Meister Music/2006)
- メカニカルな面はとても安定しているのですが、それだけに他の欠点が目立ちやすい演奏です。まず、拍子感の表現が全くなされていません。2拍子なのか4拍子なのかわからない曲だらけです。リズムの弾力性が表現できないことが原因で、これだけ弾けるのにかなり惜しい欠点だと思いました。さらに、アーティキュレーションがどうも中途半端で、だらだらレガートで歌ったかと思えばぶっきらぼうにフレーズをブツ切りしたりします。いろいろ考えた末のこととは思いますが、あまり一般的な解釈とはいえません。その一方でポリフォニー、特に片手で複声部を作り出す表現などはとても上手いですし、曲によって音色や音量を大胆に使い分けて1曲1曲を個性豊かに仕上げています。また、デュナーミクなどは楽譜に忠実です。Op.10-8のラストなど、慣習的に弱く弾かれるところをしっかりフォルテで締めるなど、きちんとショパンの書いた指示に従っています。
- ジャン=フレデリック・ノイブルガー(Disc Auvers/2003)
- 16〜7歳頃の録音ということですが、Op.10-1の速さ・麗しいまでの滑らかさにいきなり驚いてしまったCDです。全体的にテンポは速め、演奏表現は控えめでスタイリッシュな方向性が見えます。メカニカルな要素の重視された曲ほどその傾向が強く、練習曲らしい完成度を追求した演奏解釈になっています。特に右手の動きは達者だと思います。しかし、拍子やフレージング、リズムの表現が即物的というか、今ひとつきちんと聞かせられない曲があるのです。その結果、単に機械的にかっちり弾けているだけの曲、つまり音楽として楽しむことができない演奏になってしまった曲もある残念なCDになってしまいました。特に、スタカートのニュアンスの付け方が非常に稚拙というか、ぶっきらぼうなところがありフレーズの流れや構成を崩している要因になっていると思います。Op.10がメカニカルな面を強調している曲が多いのに対し、Op.25はあまりそういう要素を強調していません。メカニカルな面を抑制することによって、この人の本来の音楽性と思われる流麗で滑らかなフレージング、美しい音色や響き、瑞々しい感覚が溢れるような音楽作り、といった素晴らしい魅力が出ているだけに、変に機械的な演奏が混じってしまったのは惜しいと思いました。あと、曲と曲の間が異様に短く、明らかに連続演奏していると思われる箇所がいくつかありました。
- クルト・ライマー(COLOSSEUM/1962)
- 作曲家として有名だった人で、残された録音もほとんど自作自演関係なのですが、ショパン関係も録音していたようで、このエチュード集のほかにもピアノソナタなどの演奏が残されています。Op.10-1や10-4、10-9などでかなり危なっかしい演奏をしていますが、難曲として有名なOp.10-2をかなりのスピードで弾いたりして、なかなか達者な腕を披露してくれます。おそらく普段から弾いていた曲と、そうでない曲で熟練度に差が出てしまったのだと思います。演奏解釈は全体的にあっさりしています。浅めのタッチ、おそらく鍵盤を撫でるような弾き方をしているところも多いと思われ、細かいところでポロポロ音が抜けたりしますが、そういうのはご愛嬌。1960年代の録音ですが音質が非常に悪く、こまかな様子などは聞き取れません。
- アブレル・ラーマン・エル=バシャ(Forlane/1997-1998)
- ヘンレ版で弾いているようです。非常に演奏能力が高い人なので、どの曲も余裕があり、安心して聴けます。技術的な安定感という点ではずば抜けていて、弾きにくそうな曲が1つもありません。演奏解釈においては、大袈裟な感情表現や作為的なテンポ変化を排して、抑制のきいた知的なピアニズムが貫かれており、この人らしいショパンエチュードになっていると思いました。強いて言えば、フレージングやリズム表現にやや弱いところがあるという程度です。たとえば、黒鍵などはとても流麗に演奏されているのですが、左手のリズミックな表情付けがしっかりしていないので、今ひとつ生き生きとしたリズムが聞こえてこなかったりします。なお、全体にテンポは遅めになっています。この人ならもっと速く弾けるはずですが、丁寧な演奏表現を考慮してこのテンポ設定になったものと思われます。
- 青柳晋(KTR Records/2008)
- 以前から思うのですが、この人はショパンがあまり得意ではないようです。ソツなくまとめているように聞こえますが、流れがぎこちなかったり、パッセージの途中でポロポロと打鍵の怪しい音が入ったりします。また、余裕をもって弾いている曲と、そうでない曲の差がかなりはっきり出てしまっているように思います。例えばOp.10-2/4は苦手そうで、Op.10-5/8は明らかに得意という感じです。弾きにくい曲においては、拍子やアーティキュレーションの表現が曖昧になってしまっており、曲の持つ魅力や、演奏者の思いといったものがあまり伝わってこない録音になってしまっています。弾きやすそうな曲はとても生き生きとした演奏表現がなされていますので、「自分にとっての難曲」をいかにしてそうとは感じさせずに仕上げていくかという点について、もっと真剣に取り組んで欲しいと思います。あと、この人は身体が小さく華奢なところがかなりのハンディになっていて、フォルティッシシモが安定して出せないという欠点がありました。今回の録音では無茶な大音響を追い求めず、自分のコントロールできる範囲内で表現の幅を広げようとする意図が見えます。大音量を捨てることで、気負いや力みといったものが抜け、むしろ表現内容が深まっていると思われます。独特な線の細さをもつ音色も、繊細な表現にうまくマッチしています。バス・中声・対旋律・旋律と複数の要素を同時進行で異なる音色で弾き分けている曲が多く、深みを持った音響表現として演奏されている点は特筆されます。パワーやテクニックで弾ききるような凄みはないのですが、こういうショパンエチュードもなかなか良いと思います。
- <改訂履歴>
- 2000/11/26 初稿掲載。
2000/12/17 (後日記)追加。小山vs.藤原の演奏時間テーブルを修正
2001/01/01 園田高弘、海老彰子を追加。
2001/01/14 ブーニンを追加。
2001/01/21 津田理子、ジャンヌ=マリー・ダルレ追加。
2001/02/12 ガブリロフ、ルガンスキー追加。
2002/06/23 ペライア追加
2003/02/02 ビレット、アニーヴァス、ビンガムを追加。
2003/03/02 チアーニを追加
2003/03/16 チェルカスキー、ジェヴィエツキを追加
2003/04/27 アシュケナージを改訂&追加、松沢ゆきを追加
2003/11/09 小菅優を追加
2004/04/05 フレディ・ケンプを追加
2004/10/30 ヴェセリン・スターネフ、ルイ・ロルティ、北川暁子を追加。
2005/01/30 ヤブウォンスキを追加
2005/03/06 スカフロンスキを追加
2005/06/19 江崎昌子、ジョン・コウリ、ヴァーシャーリを追加
2005/08/14 チモフェーエワを追加
2005/10/30 デル・ピノ、岡田博美を追加
2006/01/09 ペルルミュテール、高橋多佳子を追加
2006/01/15 ベレゾフスキー(2005)を追加
2006/04/14 デュシャーブルを追加
2006/09/23 サイモンを追加
2006/10/08 マミコニアン、スミス、新井博江を追加
2007/01/13 ジュジアーノ追加
2007/02/04 オールソン、ルスナック追加
2007/04/06 サヤス、ワイルド、リヒテル追加
2007/07/21 ブラウニング、ペネイズ、ピヒト=アクセンフェルト、コリーを追加
2008/03/16 ノイブルガー、ライマー追加
2008/05/01 エル=バシャ、青柳晋を追加