ショパン:ピアノ協奏曲第1番、第2番

Frederic Chopin : Piano Concert No.1 Op.11, No.2 Op.21
 

1.歴史的な背景

この2曲が作曲されたのは1829〜1830年で、ショパンはまだ19〜20歳という若さ。その若さでこれだけの完成度をもって大曲を書いてしまう才能も素晴らしいのですが、もっと凄いのはここで表現されたショパンの感性です。若きピアノの詩人にふさわしく、全曲を通してピアノパートには瑞々しさに満ちています。表現したいことがいっぱいあって、フレーズも次から次へと湧いてきて止められない、というような感じすら見受けられます。もちろん、円熟期に見られる緻密さや高度な作曲技巧には乏しいのですが、青年らしいロマンティシズムや、ショパンの野心(おそらくこの時期にピアニスト兼作曲家として生計を立てることを決意している)がほとばしる力作になっています。

ところで、1830年はベートーベンが死んでからまだ3年しか経っていないことに着目しなければなりません。歴史を俯瞰してみると驚くのですが、古典派の頂点を極めたベートーベンの死から2年後にポーランドの青年がいきなり前期ロマン派の中で最も人気の高いピアノ協奏曲を作っているのです。ちなみにこの30年後にはワーグナーが「トリスタンとイゾルデ」を発表して調性音楽をぐらつかせる…といった調子で、ショパンが活躍したのは西洋音楽界の劇的な変貌期にあたります。

2.ショパンの協奏曲の特徴

この2曲は比較的古典的な形式に則って作曲されています。その背景として、当時ショパンがお手本にしていた曲(モシェレスやフンメルの協奏曲…これらはモーツァルトのピアノ協奏曲をそのまま引き継いでいます)から大きく逸脱するような創作は、最初から考えていなかったであろうことが推測されます。ソナタ形式の第一楽章、緩徐な第二楽章、急速なロンド形式の三楽章、という構成は実に古典的です。特に第一楽章においては、オーケストラでの主題提示のあとにピアノソロが始まる協奏ソナタ形式になっており、かなり時代遅れではないかという指摘もあります。ただ、ソナタ形式の再現部を短縮するなど新しい試みも若干見られ、これはのちに「再現部の第一主題省略」というショパン流ソナタ形式の確立へとつながります。

このような形式的な古さの一方で、ピアノパートの書法の革新性は疑うべくもありません。ベートーベンのピアノ協奏曲(これも作曲された当時は革新的だった)と比べると、ショパンの特徴が浮き彫りになります。動機(短いフレーズ単位)の展開を重視するベートーベンの作曲技法はいかにも器楽的で堅い雰囲気ですが、次から次へとフレーズを紡いでピアノを歌わせるショパンのやり方は、ピアニスティックでありながら声楽的な面も有するという、斬新な効果をもたらしました。特に2曲とも第二楽章の出来が素晴らしく、管弦楽を伴奏にしたノクターンといった雰囲気のとてもロマンティックな仕上がりになっています。ピアノに歌わせる作曲技法にはベルカント唱法からの強い影響が指摘されており、ショパンの音楽の大きな特徴になっています。ショパン自身がベートーベンの曲をあまり知らなかったこともあり、ベートーベンの呪縛にとらわれることなく創作の翼を伸ばすことができた証といえるでしょう。

またショパンの協奏曲でよく言われることとして、ピアノパートのすばらしさに比較して管弦楽が貧弱なことがあげられます。楽譜を見れば一目瞭然なのですが、ピアノパートはびっしりと音符が詰まっているのに対して、オーケストラはまっしろで寂しい限りです。しかしこのオケパートが地味ながら実によくピアノを生かすように書かれています。特に第1番の第3楽章はそれが顕著で、ピアニストの指が鍵盤を駆け回りながら華麗なフレーズを次々と奏でる後ろで、しっかりと曲の流れを支える様子がうかがえます。このおもしろさを表現している録音が非常に少ないのが悲しいところです。いろいろなCDや演奏会でこの曲を聴いていますが、「ショパンはピアノがメインだから」というような雰囲気で、ほとんど手抜きとしか思えない演奏をするオーケストラが多いのです。そのイメージを払拭してくれたのが1999年に発売されたツィメルマンのCDだったので、これについてはCD聴き比べのページで取り上げます。

 

ピアノ協奏曲第1番 作品11

作曲年代としては第2番の方が先ですが、こちらの楽譜が先に出版されたため「第1番」となっています。いろいろ斬新なアイディアがつまった第2番と比較すると無駄をなくし、完成度を高く仕上げることを重視した様子が伺えます。まず第1楽章はモーツァルトが得意としていた協奏ソナタ形式ですが、展開部はかなり自由に作られています。転調をうまく使い長調と短調を行ったり来たりすることで、ロマンティックな高揚感を作っています。また再現部では多少の省略はありますが第一主題、第二主題ともに登場します。しかしカデンツァはなく、すぐにコーダへ繋ぐという無駄のない構成になっています。ソナタ形式でかっちりした第1楽章とは対照的に、第2楽章はむせかえるほどの濃厚なロマンティシズムで満たされます。同じメロディが様々に修飾されて演奏されますが、この修飾に声楽の影響が指摘されています。オペラ歌手が即興でフレーズを修飾する様子をピアノに置き換えているので、声楽的でありながら繊細華麗なピアニスティックさも感じせる要因になります。第3楽章は全編にわたってクラコヴィアクというポーランド民謡のリズムを取り入れており、生き生きとした華やかな雰囲気が聞き所になります。ピアノがあまり難しそうに聞こえないところがショパンの凄さですが、フレーズは複雑で、楽譜を見ても「これって一体どうやって弾くの?」と言いたくなる箇所がけっこうあります。ショパン自身も最初のうちはうまく演奏できなかったようです。作曲家ショパンが演奏家ショパンを超えてしまった、ということもできますが、特に第3楽章をきちんと演奏できるかいつも心配だったようです。「このままじゃマズいなあ。もっと練習しなくちゃ。でも僕の独特な曲をマスターできるような練習曲集はないしどうしよう。とりあえず自分で作ってみようか」ということで20歳前後から練習曲が書き貯められていくのです。これがピアノ音楽史に燦然と名を残すことになるショパンエチュードだということは、もう皆さんおわかりのことでしょう。

 

ピアノ協奏曲第2番 作品21

ショパンが初めて作ったピアノ協奏曲です。当時有名なピアニストは自分のために協奏曲を書いて、それを演奏して生計を立てていましたので、ピアノで身を立てていくことを決心したショパンも協奏曲を作ったのでした。曲の構成はかなり古典的で、モーツァルトの協奏曲に通じるものもあります。なおショパンはモーツァルトの協奏曲はあまりよく知らなかったようで、この曲についてはフンメルの協奏曲からの直接的な影響が示唆されています(フンメルはモーツァルトの弟子)。作曲当時19歳そこそこということもあり、第1番と比較すると、情熱や思い入れといったものがよりストレートに書かれています。まとまりのよい曲を作ろうという意識の見える第1番よりもロマンティックな情念が強い調子で伝わってくるのが特徴のため「出来栄えでは1番、でも心情的に共感できるのは2番」という人も多いのではないでしょうか。
各楽章を見ると、まず非常に特徴的なのが第1楽章です。古典的な協奏ソナタ形式なのですが、再現部で第一主題が断片としてしか表れず、第二主題をメインにしています。非常に大胆な手法ですが、後に作られるソナタの再現部における第一主題省略のさきがけといえるでしょう。第2楽章はオーケストラを伴奏に、どこまでも伸びやかにピアノを歌わせる素晴らしいノクターンです。ピアノの旋律には装飾が多いが、そういう箇所では伴奏の拍子が止まり、自由に朗唱します。またロマンティックな歌の合間には劇的なレチタティーヴォが挿入されています。すなわち、この楽章はベルカントオペラのアリア&レチタティーヴォをピアノとオーケストラで協奏的に模倣するという、ショパンならではの斬新な発想をもとにしています。もちろん歌われるのは多くのオペラアリアと同様に、恋愛感情です。一方、第3楽章はマズルカ的なリズムが特徴になります。全部がマズルカというわけではありませんが、あちこちで印象的なリズムが出てきます。また、そのリズムを強調する弦楽器のコル・レーニョ奏法(弓の背の部分で弦を叩くようにする)が面白いです。

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