演奏会備忘録 2002年版

 

ワレリー・ゲルギエフ指揮
サンクトペテルブルク・マリインスキー歌劇場管弦楽団(キーロフ歌劇場管弦楽団)
12月7日、所沢ミューズアークホール

ムソルグスキー 歌劇「ホヴァーンシチナ」より“モスクワ河の夜明け”、はげ山の一夜
ボロディン 中央アジアの草原にて
バラキレフ イスラメイ
リムスキー=コルサコフ 交響詩「シェエラザード」

アンコール
チャイコフスキー バレエ音楽「くるみ割り人形」より グラン・パ・ド・ドゥ、トレパック

素晴らしい音響のホール、素晴らしい指揮者、素晴らしいオーケストラが組み合わさると、ここまで凄い演奏会になってしまうんですねえ。前半の演奏における余裕っぷりも凄かったのですが(6月に聴いた、若手メンバーが必死にやっていた「ドン・ジョヴァンニ」と全然違う)、やはりこの日は「シェエラザード」でしょう。ゲルギエフ&キーロフオケの演奏はとかく勢いだけで荒いとか言われていますが、そんなことはなく非常に緻密な表現から成り立っています。シェエラザードは絶賛されたCDで聴いた人も多いと思いますが、あそこで聴かれるダイナミックな感覚よりもむしろ、美しさや繊細さを重視しているように思いました。
ゲルギエフは拍子やテンポ感覚が非常に優れています。8分の6拍子を「123123」ではなく「123223」でとらえることで大きなうねりを出していました。うねりとは?そう、シェエラザードで必須である「大波」の表現にそのままつながります。このように、基礎となる拍子感がしっかりしていますので、どんなにテンポが動いても全体の流れが損なわれることがないんです。あとはゲルギエフの作り出す音の波に乗ってしまえば、そのままどこへでも連れていってもらえます(笑)。ラッパ奏者の超高速ダブル・タンギングの果てにたどり着いたフィナーレのもの凄い盛り上がり。これだけの大音響で響きが濁らないのも素晴らしい・・・などと堪能する余裕もなく、こっぱみじんに飲み込まれてしまいました。アンコールは「くるみ割り人形」から2曲。ううぅ、自分はこのグラン・パ・ド・ドゥが聴きたかったんよ。嬉しい(感涙)。
あと、所沢ミューズアークホールは東京近郊では最高の音響だと思いました。インターネットでも同様の感想が多数。これからこのホールで行われる演奏会は要チェックです。

 

ウラディーミル・アシュケナージ指揮
チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
12月4日、サントリーホール

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番(ピアノ:エレーヌ・グリモー)
ラフマニノフ 交響曲第2番

アシュケナージのラフマニノフが好きなので期待していたのですが、いまいちでした。
協奏曲では、まずグリモーがパワー不足でオケも平板なので、かなり単調で辛かったです。アシュケナージも、もう少しやりようがあると思うのですが、なぜあんな伴奏になってしまうんだろう。どうしてもテミルカーノフや小沢征爾さんの、協奏曲における丁寧なサポートぶりと比較してしまいます。
一方の交響曲は解釈が深かったです。単一動機で作られたこの曲をしっかり理解しており、短い動機と息の長い旋律線を見事に対比させていました。ラフマニノフにおけるアシュケナージの速度法は自分の感性とよく一致していて、60年代に録音された協奏曲なども気に入っているのですが、この日もCDで聞き慣れたルバートやアッチェラレンドが随所に出てきて嬉しかったです。ただチェコフィルは響きが地味でした。地味なだけなら良いのですが、弦の音色が変化に乏しく、ずっとモノトーンのまま単調に続いていく場面が惜しかった。この曲のラストはドンチャン騒ぎの狂乱で、最後に「ダンダダダダン!」で威勢良く締めて欲しいのですが。解釈には感心したけど、カタルシスというか絶頂感が足りなかった感じで不完全燃焼でした。

 

オーケストラ・リベラクラシカ 第3回演奏会
11月29日 浜離宮朝日ホール

ハイドン 交響曲第15番ニ長調、チェロ協奏曲ハ長調、交響曲第44番ホ短調「悲しみ」
  チェロ独奏・指揮 鈴木秀美

やたらと絶賛されているのと、都響の古川君(VC)がいるというので聴きに行ったのです。しかし肝心の古川君は休みだし、演奏自体が非常に荒くびっくり。冷静になって考えてみればわかるのですが、バッハ・コレギウム・ジャパンほか数少ない日本の古楽器界からメンバーを寄せ集めただけの急造オケではこんなもんでしょう。鈴木さんが弾いたチェロ協奏曲はさすがでしたが。
とにかく、このオーケストラの演奏会評・CD評は眉唾だと思います。名は体を表すではありませんが、リベラルが売り物の某新聞社絡みなので、当然その新聞では大絶賛という自作自演・自画自賛ぶりが痛いですね。自作自演はこの会社の十八番のようですが、食い物にされる演奏家が可哀想です。それにしても、ここまでわかりやすい自作自演を見抜けなかった自分に腹がたつ(笑)。古楽器演奏は日本では馴染みが薄いし、何らかの後ろ盾がなければこのようなオーケストラが活動していくのは難しいと思うのですが、やはり組む相手は吟味しないといけません。第4回演奏会は満員御礼だったそうですが、第3回だってずいぶん社員を動員していたのが見え見えでしたし、本当に痛々しいです。なお、第3回演奏会はCDになりましたが、相当に録り直しが入っているのでそれほど荒さは見えません。聴くならCDでどうぞ。

 

ジャン=マルク・ルイサダ&ターリヒ弦楽四重奏団
11月28日 王子ホール

ドヴォルザーク 弦楽四重奏曲「アメリカ」
ブラームス ピアノ四重奏曲 第1番
ショパン 舟歌(ピアノ・ソロ)
ショパン ピアノ協奏曲 第1番《ピアノ六重奏版》

ブラームスまでが前半。というわけで、このコンサートものすごく長かった(笑)。チェコ・フィル系のメンバーと言うこともあって、どちらかというと地味で落ち着いた響きが特徴のアンサンブルでした。
ドヴォルザークの「アメリカ」は弾き慣れている感じでさらりとこなしていましたが、ブラームスのカルテットは熱演。まあ曲そのものが熱いんですが。それにしてもピアノパート難しそう。ブラームスの室内楽のピアノパートはどれも鬼畜な感じで、かなり力業で弾かなければいけない箇所も多く、正直ルイサダには向かないように思っていましたが、意外に良かったです。しかし、やはりこの夜も白眉はショパン。音楽の流れ方が全然違っていて「やっぱりルイサダさんはこれが弾きたかったんだなあ」ということがしみじみわかってしまうのでした。ショパンの協奏曲は何度も聴いてますが、今日はとことん耽溺させていただきました。

 

ジャン=マルク・ルイサダ ピアノリサイタル
11月17日 サントリーホール

ハイドン ソナタ ト長調 Hob.X-6 「チェンバロのためのパルティータ」
ハイドン ファンタジア(カプリッチョ)ハ長調 Hob.?]?X?U-4
モーツァルト ソナタ 変ロ長調 K.333
ショパン 舟歌
ドビュッシー:アラベスク 第1番、「版画」より「雨の庭」、前奏曲集第1巻より「沈める寺」
        「映像」第2集(「葉ずえを渡る鐘の音」、「そして付きは荒れた寺院に落ちる」、「金色の魚」)
ショパン ポロネーズ第7番 変イ長調 「幻想」

アンコール
ショパン スケルツォ第2番、華麗なる大円舞曲、マズルカ Op.17-4

ハイドンとモーツァルトの演奏はタッチの変化やペダル(ダンパーやウナコルダだけでなく、ソステヌートまで)を駆使して、ちょっと気まぐれでカラフルなものでした。本当に微細な表情が作り込まれている・・・そう、表情を作ってしまっているんですよね。もっと自然に流しても良いように思います。あと、フレーズがこまぎれになってしまうところが多くて、もう少し大きな単位で唄って欲しかったです。ショパンの舟歌は圧巻。途中、暗譜が飛んでしまった場面もありましたが、そんなのお構いなしです。あとでわかりますが、この人はやっぱりショパン弾きです。休憩を挟んでドビュッシーへ。たいへん落ち着いた中で幻想的な空気感を演出しました。古典派で見せた気まぐれな雰囲気もここでは絶妙なアクセントとして輝きます。本編最後は幻想ポロネーズ。良かったんですが、この後のアンコールが凄すぎて記憶に残っていない(苦笑)。
アンコールは見事なショパン責め。もう何の迷いもなく弾いていきます。この人は、ショパンを弾くときが一番自然で、本人も乗っているのがよくわかります。スケルツォ2番は私が知る限り最も完璧な演奏。華麗なる大円舞曲も、ハイドンやソナタみたいにもっと小細工を駆使しても良いと思うのですが、全くの正攻法でした。華やかで、軽やかで、洒脱で、いかにもサロンらしい気品と雰囲気が感じられるのはルイサダならでは。ここで終了する予定だったようですが、あまりにも拍手がすごいのでもう一曲、マズルカを弾いてくれました。先ほどまでの弾けた感覚は姿を潜め、シンと静まりかえったホールに淡々とピアノの音だけが響く世界です。消え入るように終わった後、しばらく誰も拍手できず。お見事でした。

 

ラルキブデッリと仲間たち−古典音楽の夕べ
10月12日 浜離宮朝日ホール

ベートーヴェン 三重協奏曲(チェロ:アンナー・ビルスマ、バイオリン:ビルスマ夫人、フォルテピアノ:渡邊先生)
ベートーヴェン 交響曲第3番 「英雄」

何度も書いてますが、私はあまりベートーヴェンが好きじゃないんです。しかし古楽器によるオリジナル編成の演奏と言うことと、ビルスマ夫妻が出ると言うことで行きました。まあ、行って良かった。すごく良かった(笑)。
三重協奏曲と言えば、カラヤンが旧ソ連の大物演奏家(オイストラフ、ロストロポーヴィチ、リヒテル)を招いてベルリンフィルと演奏したCDがめちゃくちゃ有名なんですが、はっきり言ってあの解釈は大間違いということがよくわかりました。この曲は、ピアノ三重奏+オケが基本です。なおかつ、ピアノのパートは非常に簡略化されていて、チェロ+バイオリンの二重奏にピアノ伴奏、というイメージなんです。なので、オケをこぢんまりとまとめると、三重奏とのバランスが良くなるのです。それをカラヤンさんは例によって豪華に演奏してしまいましたので、バランスが崩れてます。
ビルスマは集中力がもの凄く、一音入魂という感じでした。ところどころ音程の怪しい箇所があるのですが(古楽器は音程が狂いやすい)、うまく修正しながら弾いていくのはさすが。ビルスマ夫人(ヴィラ・ベス)は古楽器バイオリンの名手だけあってめちゃくちゃ良い音色とフレージングだし、なんと言っても二人の息がぴったりで絶妙の二重奏なのです。まことにあっぱれな夫妻でした。
後半の「英雄」も、今まで聴いたことのない解釈でびっくり。ユルゲン・クスマウルという人が指揮だったのですが、拍子感の出し方や、各楽器のフレージングが非常に緻密。第一楽章の三拍子が実に優美なのです。やたらと重厚なベートーヴェンが多い中で、適度な軽やかさをもったアンサンブルは新鮮でした。謎としては、原典版演奏でなかったこと。演奏終了後、ホールを出ようとして後ろを向いたらビルスマ夫妻が座っていてびっくり!(笑)
その後はサイン会があったのですが、ビルスマ氏は上機嫌でサインしながらいろいろ話していました。協奏曲が素晴らしかった、と感想を言ったら「うん、でも僕はシンフォニー(英雄)が凄く良かったと思うんだ。君はどうだった?」と逆に聞かれてしまい、ビビリまくり(笑)。三楽章のホルンを真似て「ププーププッププー♪」とか唄っちゃうんです、あの人。

 

レイフ・オヴェ・アンスネス ピアノリサイタル
10月1日 トッパンホール

シューベルト ピアノソナタ第17番
グリーグ    抒情小曲集より
ショパン    ピアノソナタ第3番

久々に質の高いリサイタルを聴いたというか、大満足でした。まずは構成感を重視して、しっかりとした足取りのシューベルトだったのですが、繰り返されるフレーズのニュアンスを極限まで追求していて、まったく退屈しません。グリーグの抒情小曲集も見事に深い歌い方で、しんみりとした世界を演出。この辺から「ただごとではないぞ」という雰囲気が聴衆の間にも広がります。ショパンのソナタ3番は、彼が20歳そこそこでCDを出していたので、30歳になってどのように変化するのか楽しみにしていましたが・・・。人間、10年間でここまで変わるものでしょうか?第一楽章の決然とした第一主題とロマンティックな第二主題の対比、冗長になりやすい推移部を新たな展開部のように処理する解釈、しかしその後に控える本当の展開部ではさらに豊かなテンペラメントを披露。第一楽章が終わった段階で、とんでもないほど成長したことがよくわかります。第二楽章も非常に流麗、第三楽章は幻想性を全面に出して、フィナーレへ。最後まで取っておいた(と思われる)フォルテシシモの強大な低音と、華麗な高音部の高速フレーズの対比が見事。テンポ自体が速いのですが(おそらくポリーニやアルゲリッチ以上)、まったく無理を感じさせない自然なフレージングで進め、見事に締めくくってくれました。ブラボー。こんなに素晴らしいショパンのソナタ3番は聴いたことがないです。
アンコールはショパンの即興曲1番、ドビュッシーの「喜びの島」。喜びの島が特に素晴らしく、ドビュッシーらしい幻想性と、それが一気に変化する急速な楽想転換を完璧に把握して弾いている様子がわかります。外は台風が来ていて大荒れ。しかし、ホール内が明るくなってもカーテンコールが止みませんでした。
やはり予想通り、非常に指のよくまわるピアニストで、どんなに難しいフレーズでも、速いテンポでも楽々と弾いてしまいます。また、オクターブ跳躍連発なども見事で、要するにヴィルトゥオーゾの資格十分なのです。しかし、彼は超絶技巧よりもデリケートなニュアンスを重視しています。しっかりと譜読みをして自分の解釈を大切に伝える、地に足をつけたピアニストだといえます。

 

ユーリ・テミルカーノフ指揮
ボルティモア交響楽団
9月29日、横浜みなとみらいホール 大ホール

シューマン ピアノ協奏曲 (ピアノ独奏:小山未稚恵)
ブラームス 交響曲第4番

テミルカーノフは昨年のサンクトペテルブルク響に続いて2回目ですが、こちらの方が力が入っていたような。
小山さんの弾いたシューマンは、ちょっとダメでした。小山さんははっきりした表現が得意でシューマンのような微妙なニュアンスを要求されるタイプの曲は苦手なようです。もう少し選曲を考えてやれば良いのに・・・と思いました。
ブラームスの交響曲4番は見事な演奏で降参でした。いったいこのオーケストラはどれだけの種類の音色が出せるのだ?と思うほど多彩な表現だったのですが、全体としては非常にしなやか。テミルカーノフを語るときに「しなやか」という言葉は非常に重要だと思います。しかし、今回のテミルカーノフはしなやかなだけでなく、極限まで突き詰めた表現をオーケストラに求めており、結果として緊張感のある素晴らしい演奏になったと思います。超高速の第三楽章あたりから連れは身を乗り出して聴いていたのですが(笑)、聴く者を引き込む魔力みたいなものを感じさせましたねー。しかし、ブラームスというと重厚長大路線の演奏が多い中、とても流麗で美しい、ロマンティックでどこか悲しい雰囲気を持たせる解釈は嬉しかったです。ボルティモア響は特に弦が見事でした。今まで聴いたオケの中で文句なく最高の弦だと思います。全然アメリカっぽくなく、かといってドイツ風でもない、深みのある美しい響きが印象的でした。

 

紀尾井シンフォニエッタ東京 第36回定期演奏会
9月28日 紀尾井ホール

モーツァルト:交響曲 第34番 ハ長調 K.338
モーツァルト:ピアノ協奏曲 第9番 変ホ長調 K.271「ジュノム」(ピアノ:レイフ・オヴェ・アンスネス)
モーツァルト:セレナード ニ長調 K.320「ポストホルン」
  尾高忠明指揮

紀尾井シンフォニエッタは上手いオケで、アンサンブルもよく揃っているのですが、そんなムキになって溜めてフォルテを弾かなくても良いのに。ベートーヴェンじゃないんだから。足取りの重いモーツァルトでした。指揮者の尾高さんに問題があると思います。
ピアノコンチェルトは「ジュノム」で、ピアノソロはレイフ・オヴェ・アンスネス。キーシンとともに21世紀を背負うピアニストじゃないかとひそかに思っていたのですが、実際生で聴くのは初めてでした。・・・いやー、すごかったですねー。音色の幅が無限大だわ。ピアノから自然に音がわき上がる感じでした。

 

サイトウ・キネン・フェスティバル松本
ふれあいオーケストラ・コンサート
9月8日 松本市総合体育館

ベートーヴェン 交響曲第9番「合唱」
  小沢征爾指揮、サイトウ・キネン・オーケストラ

「サイトウ・キネン・オーケストラと1000人の合唱」というサブタイトルの付いたこのコンサート。蒸し暑い田舎の体育館で、聴衆もザワザワしていて、お世辞にも良いとは言えないコンディションの中スタート。素人の合唱団ということでそれほど期待してなかったのですが、フェスティバル本編で唄っていた東京オペラシンガーズも加わっていたため、非常に素晴らしい演奏となりました。合唱は上手い人がちょっと入るだけで回りの人もつられて普段より良い歌になってしまうのです。
あと、連れが解説してくれたのですが、オケのメンバー豪華すぎ。緻密なアンサンブルの中に各楽器のソロが綺羅星のように散りばめられた演奏でした。カール・ライスターのクラリネット、宮本文昭のオーボエが絶品。チェロが歓喜の歌のメロディを提示する箇所で入る有名な木管の対旋律とか、本当に泣けました。はい。もう終楽章は涙腺緩みまくりで。こんなにウルウルしながら音楽聴いたのは久々です。合唱も、大人数なのに非常に切れが良く、躍動的でした。またデュナーミクがばっちり合っていて、歌声が津波のように押し寄せたかと思うとスッと引く、という感じに自由自在で。デュナーミクと言っても、1000人(実際には1200人)もの人の集合ですからね、凄いんです。美しく響いたかと思えば、ホール全体を震わす咆吼が炸裂しますから。

 

サイトウ・キネン・フェスティバル松本
ふれあいコンサート2
8月25日 松本市ザ・ハーモニーホール

モーツァルト:二重奏曲 第2番K.424
  ヴァイオリン:田中直子 ヴィオラ:川本嘉子
ストラヴィンスキー:管楽八重奏曲 指揮:ジョナサン・ウェッブ
  フルート:戸田敦 クラリネット:四戸世紀 ファゴット:吉田将、井上俊次
  トランペット:ジル・メルシェ、杉木峰夫 トロンボーン:ハンス・ストレッカー、山本浩一郎
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第12番 変ホ長調 作品127
  バイオリン:ロバート・マン、渡辺實和子 ヴィオラ:今井信子 チェロ:原田禎夫

前半の2曲も良かったのですが、やはりベートーヴェンの四重奏が白眉。ここにも神がいました。その名はロバート・マン。ジュリアード弦楽四重奏団の中心として活動してきた名手ですが、すでに82歳。ヨロヨロとステージに出てきた時はどうなることかと思いましたが、いざバイオリンを構えたら別人になってしまいました(笑)。各楽章の性格付けがはっきりとした、わかりやすい解釈。先の見通しが良いフレージング、適正な拍子感とテンポ、などなどお手本のような演奏だったのですが、とにかく4人の集中力が半端でなく高いんです。完全に聴衆を巻き込んでしまいました。特に素晴らしかったのが緩徐な第二楽章で、実に深い世界を構築していました。「もうここまでで十分すぎる」と誰もが感嘆のため息をつくなか、付点音符を強調しつつも軽い流れのスケルツォに入るあたりも凄い。非常にレベルの高い演奏会で大満足でした。
なお、当然のことですが、小澤征爾さんも聴きにいらしてましたし、私の席のすぐ後ろにあの吉野直子さんが座ってました。肌が綺麗で感激(←どこに感激してるんだか)。

 

キャラバン・コンサート2002
8月10日 東京オペラシティ コンサートホール

ハイドン チェロ協奏曲第1番
サン=サーンス チェロ協奏曲
チャイコフスキー ロココ風の主題による変奏曲
指揮:小澤征爾、独奏チェロ:ムスチスラフ・ロストロポーヴィチ

アンコール:チャイコフスキー 劇音楽「雪娘」より「メロドラマ」
指揮:ムスチスラフ・ロストロポーヴィチ

感想: ロストロポーヴィチ、神!!

全編ロストロポーヴィチのチェロが聴けるという凄まじいプログラム。もちろん自分たちの主目的もロストロポーヴィチのチェロにあったのですが。それにしても、これぞ巨匠、としか言いようのない凄い演奏でした。ハイドンの協奏曲が妙に軽かったので「あれ?」と思ったのですが、サン=サーンスではいきなり強烈な音色で切迫感のあるフレーズを奏で、重〜い低音で凄味を効かせ、ロマンティックな第二主題はとことん濃厚に歌ってくれました。ロココ変奏曲も絶好調という感じで、75歳とは思えない溌剌とした演奏ぶり。小澤さんの指揮も良かった。ロストロポーヴィチの独奏に合わせてオーケストラの表情を非常に細かくコントロールしてました。普通、協奏曲の伴奏であんなに細かなことはしないと思います。
キャラバン・コンサートはロストロポーヴィチが提唱したもので、要するに普段行かないような場所でコンサートをやろうという企画。それに乗ったのが小澤ですが、小澤の遠大な目標(日本のオケを世界水準に引き上げる)を達成するために、キャラバン・オーケストラのメンバーは音大生を中心とした若手音楽家によるものになっていて、ロストロポーヴィチと共演する中でアンサンブルなどを勉強してもらおう、という目論見があります。それで、今年は岩手で十数回も無料コンサートをやって、その経費を埋めるために1回だけ東京で有料コンサートをやったのでした。
日本のプロオケのダメっぷりについてはさんざん書いてきましたが、今日のコンサートを聴く限りでは、日本人でもやればできます。悲観することはありません。大丈夫です。協奏曲の伴奏も「必死」という感じで小澤とロストロポーヴィチについていったのですが、とても良かったです。アンコールとしてロストロポーヴィチの指揮で演奏した「雪娘」は、まるでロシアのオケのような響きと歌い方で、悲しい曲の表情を見事に表現。ロストロ直伝の歌い回し指導が入ったようです(なんとうらやましい!)。小澤とロストロという、指揮者の違いを演奏にしっかり反映できていたことも素晴らしい。小澤さんも「このままでは世界との差が開く一方。でも、まだ間に合うから、オペラ塾をやったり、キャラバンをやる」という意識のようです。
今日は特別のコンサートと言うことで、小澤さんとロストロポーヴィチの話を聴くこともできたのですが、キャラバンに対する思い入れや、音楽に対する情熱には頭が下がりました。オーケストラの演奏も十分それに応えていたと思うし、そういった熱意は聴衆にもビンビンに伝わってくるわけで、万雷の拍手となったわけです。小澤もロストロポーヴィチも泣いていたのですが、やっぱり思い入れがあるんでしょうねー。ロストロポーヴィチは小澤のことが大好きなようで、肩を組みながらステージに出てきて、手をつないでステージを後にしました(笑)。オケのメンバーにもハグ&キスしまくり。ロシア人って、スキンシップが好きなのねー。

 

高田馬場管弦楽団 定期演奏会
7月21日 なかのZERO大ホール

ブラームス ハイドンの主題による変奏曲
マーラー さすらう若人の歌
ワーグナー 「タンホイザー」序曲、「トリスタンとイゾルデ」より前奏曲と愛の死

ブラームスもマーラーも良かったんですが、ワーグナーが素晴らしくて感動。バイオリンを弾いてたZBKさんは謙遜なさってましたが、いやー凄かった。ここはアマチュアなのですが、上手下手よりもまずアンサンブルの音色に厚みと暖かさがあって美しいんです。日本のオケでは、アマ・プロ含めてこういう音色を持っているところは非常に少なくて、とっても貴重です。

 

サンクトペテルブルク・フィルハーモニー室内弦楽合奏団
7月12日 ルネこだいら

モーツァルト ディベルティメント
バッハ バイオリン協奏曲ホ長調 (ソロ:前橋汀子)
ショスタコーヴィチ 弦楽器のための前奏曲とスケルツォ
チャイコフスキー 弦楽セレナーデ(別名:Oh!人事)

ええと、サンクトペテルブルクフィルのメンバーによるコンサートです。昨年の秋に来日した時のメンバーもいらっしゃいました。
演奏内容は、これが本物のプロの演奏だよね、としみじみ納得させられるものでした。4曲やるのなら雰囲気の違う4種類のアンサンブルを聴かせることができる、という恐るべき技術。そう、作曲家の要求と自分たちのコンセプトにあわせて自在に楽器を操り、望ましい演奏を行う。これこそが演奏技術なのでした。モーツァルトの軽やかな足取り、バッハでの落ち着いた響き、ショスタコーヴィチでの切れ味鋭いリズムと音色、チャイコフスキーでの分厚くロマンティックな表現と、よくまあこれだけ多彩な表情を作ることができるものだと思います。
特にショスタコーヴィチは素晴らしく、ルネこだいらに集まった聴衆(けっこう年齢層が高い)にも大ウケ。思いのほか、耳の肥えた聴衆だったようです。確かに抜群のアンサンブルと表現でしたが、私としてもショスタコ聴くならやっぱりロシア人の演奏じゃないとダメかも、という認識を強く持った演奏でした。なお、前橋さんは調子が悪く、今まで聴いた中では最悪だったかも。リズムが遅れる、音色は伸びない、と散々な感じでした。連れも「こりゃもうアカンわ」と絶句。楽章が進んだら多少は良くなったのですが。復活することを願いたいです。

 

セブン・スターズ ガラ・コンサート2002
6月16日 東京オペラシティ コンサートホール

ドビュッシー チェロソナタ  ミッシャ・マイスキー(チェロ)、チョン・ミョンフン(ピアノ)
ショスタコーヴィチ ピアノトリオ  シュロモ・ミンツ(バイオリン)、イェフム・ブロンフマン(ピアノ)
モーツァルト バイオリンソナタ  樫本大進(バイオリン)、ブロンフマン(ピアノ)
ブラームス ピアノ五重奏曲   ミンツ、樫本、ユーリ・バシュメット(ビオラ)、マイスキー、ミョンフン

目眩がしそうなメンバーです。
収穫は、マイスキーすげえ!ということがわかったことですね。CDとか聴く限りでは、甘い音色でナヨナヨ唄う感じばかりが目立ってあまり好きでなかったのですが、実際に聴いてみるとめちゃくちゃ上手いです。また、あの音色がものすごく良い。甘いのではなく暖かく懐が深い音色でした。あの音は他の誰にも出せない素晴らしい個性です。あなたの人気の秘密がよおおおおおぉぉっくわかりました。今まで評価してなくてごめんなさい>マイスキーさん
あと、恐ろしいのは聴き比べができてしまうところで、例えばミョンフンとブロンフマンは同じピアノを弾いてるんですけど、全然出てくる音が違うわけ。ブロンフマンの深〜い音色と比較するとミョンフンの音色はうわついている感じでした。確かに達者な演奏ではあるけれども、最初の1音を聴いただけで「うわ、すごい!」と思わせるマイスキー、ブロンフマンあたりと比較すると、楽器の演奏者としてのランクはだいぶ落ちてしまいますあれでもミョンフンはチャイコフスキー・コンクールのピアノ部門2位に入賞しているわけで、チャイコンがいかに怪しいコンクールかと言うことをまた思い知ったのでした(笑)。まあ彼は指揮者としての活動が主体ですから、良いんですけどね。一方のブロンフマンはショスタコーヴィチでは打楽器的な奏法を主体に展開し、モーツァルトでは一転して美しいレガートの単音フレーズを奏でるといった具合で、懐の大きさを見せつけておりました。それにしても驚くほど太っていて(たぶん100kgオーバー)、今後の成人病が心配です。大進君の演奏は堅かったですね。まあ、あのメンバーの中で緊張するなという方が無理でしょうけど、モーツァルトを緊張して弾くのは一番良くないことですな。
最後のブラームスのクインテットは圧倒的でした。ミンツ、バシュメット、マイスキーの3人がうますぎる。気が付くとマイスキーのソロを待ちわびる自分がいるわけですよ。昨日まではあんなに嫌っていたのに(笑)。アンコールはブロンフマン&ミョンフンによる連弾でブラームスのハンガリアン・ラプソディ。というわけで、なんとも贅沢な演奏会でした。


NHK交響楽団 第1463回定期公演
6月14日 NHKホール

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番(ピアノ:ラン・ラン)
バルトーク 管弦楽のための協奏曲
  指揮:シャルル・デュトワ

ラン・ランは昨年のサンクトペテルブルク響との演奏会で素晴らしい演奏をしているので大期待したのですが、結果としては期待以上。ただしN響の演奏は最悪。日本のオーケストラのダメさ加減についてはこの日記でさんざん文句を書いてきましたが、それをすべて集約したダメダメ度というか(苦笑)。非常に正確で縦の線が揃っていますねという意外は何のコメントもしようのない無味乾燥さでした。お前ら楽器で唄う訓練を受けていないのか!と怒鳴りたくなるような冷たく暗い響き。ここまで何の幸福感も生まない演奏があって良いのでしょうか。今まで聴いたオーケストラの中で文句なく最低の演奏です。下手でも、音を外しても、揃わなくても良いから音楽的な演奏をして欲しいと思います。こんなオーケストラに定期会員がいるという事実も信じられませんが。
ラン・ランの演奏は対照的にどんな小さなフレーズもとことん歌いまくるのが基本。テミルカーノフ&サンクトペテルブルク響とやったCDが出ていますが、それと同じような解釈でした。ゆっくりめのテンポでアゴーギク、デュナーミクを大きく取って、深く深く歌っていくという感じ。昨年聴いたラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は若い情熱を全面に出したものでしたが、今回は悲しさを出してきましたね。とても個性的だと思います。というか、この難曲で独自の解釈や個性を表現できること自体がとんでもない才能なのですが。それにしても第1楽章カデンツァや第3楽章はもの凄い迫力でした。普通はオケにかき消されてしまうフィナーレの和音進行も強大で、オケの前にピアノがそびえ立って驀進する感じでした。とにかくオケが重い&冷たいので、歌うときもピアノが主導、テンポアップするときの推進力もピアノが主導という具合。完全にN響&デュトワを喰ってしまった格好です。
当然ながら演奏終了後は大拍手で、何度も何度もカーテンコールとなりました。やはり聴衆は正直ですね。最後はデュトワが「今日はラン・ラン君の20歳の誕生日です」と挨拶して大きな花束を渡すというオマケも付きました。休憩後はバルトークの管弦楽のための協奏曲(通称オケコン)が演奏されたのですが、感想としては

N 響 、も う だ め ぽ 。

でした。拍手もせずに帰る人の多さがすべてを物語っておりますが、ああいう演奏にはきちんとブーイングで応えるのがマナーではないでしょうか(爆)。ラフマニノフと演奏の順番を逆にすべきでしたね。何となく思ったんですけど、デュトワもN響も、もうラン・ランとは共演しないような気がします。20歳そこそこの若造に取って喰われた屈辱は大きいと思われ

 

第9回国際小児神経学会 第7回アジア大洋州小児神経学会合同会議 シンポジウム開催支援コンサート
瀬川祥子 バイオリンリサイタル
6月4日 紀尾井ホール
 

タルティーニ(クライスラー編曲) ヴァイオリン・ソナタ op.6、《悪魔のトリル》 ト短調
ベートーヴェン ヴァイオリン・ソナタ 第5番《春》 ヘ長調 op.24
ヴィエニャフスキ 創作主題による華麗なる変奏曲 op.15
チャイコフスキー 瞑想曲 op.42-1、メロディー op.42-3、ワルツ-スケルツォ op.34

ベートーヴェンのソナタ「春」までは今一歩パッとしない感じだったのですが、後半のロシア物は非常に素晴らしかったです。技巧的なヴィエニャフスキの変奏曲も良いのですが、チャイコフスキーの曲でのたっぷりとした歌いっぷりが素晴らしかった。モスクワで勉強しただけあってロシア流の弾き方なのですが、それが曲や彼女の個性によく合っていました。太い音色で、朗々と唄うのがお好きなようでした。ちなみに伴奏はあのオリヴィエ・メシアンの愛弟子だった藤井一興先生。絶妙なタッチとペダリングによる美しい音色を聴かせてくれました。芯のある音を出そうとすればするほど、フォルテで弾けば弾くほど響いてしまい、ピアノ弾きにとっては難しいとされる紀尾井ホールですが、意図的に離鍵を速くして響きすぎるのを防いでました。柔らかい音色なのに適度に響いてくるのは、実はホールの響きを利用しているからなんですねー。ピアノから音が自然にわき上がるような感覚を覚えました。いやーすごい。

 

ワレリー・ゲルギエフ指揮
ヤング・サンクトペテルブルク・マリインスキー歌劇場管弦楽団(キーロフ歌劇場管弦楽団若手部隊。笑)
6月2日 サントリーホール
 

モーツァルト ドン・ジョヴァンニ(演奏会形式)

若手メンバーでの演奏と言うことで、あまり期待していなかったのですがめちゃくちゃよかったです。たぶんテクニック的に上手い人はもっといると思うんだけど、アンサンブルの作り方が非常によい。ああいう充実した響きは日本のオケではほとんど聴けない種類のものです。オーケストラの魅力はアンサンブルだと思うので、日本人にも頑張って欲しいです。
演奏内容も非常によかったです。歌手陣も若くて少々堅いところがありましたが、後半はのびのびと唄ってました。しかし、ロシア系の音楽教育を受けている人たちなのに、とてもイタリア的な感じのする響きで、モーツァルトらしさとか、モーツァルトの良さといったものが生きていたように思います。これはひとえにゲルギエフのおかげという意見もありますが。
実は生演奏でオペラ聴いたのはこれが初めてだったんです。器楽中心で育ってきたし、あの発声法が苦手で避けてたところがあったんですね。今回は連れの強い希望でチケット取ったのは良かったのですが、予習が超大変でした。最初はCDを聴くのが苦痛で仕方がなかった(苦笑)。楽しみながら聴けるようになるまで相当な時間がかかりましたねー。ある程度楽しめるようになって、今日サントリーホールで聴いて確信したんですけど、モーツァルトのメロディを生かす楽器は人声ということです。ソナタや小曲を弾いてもわからなかったんですが、基本はやはり歌ということで、ピアノで弾くときもそのあたりを大切に表現したいと思いました。

 

マレイ・ペライア ピアノリサイタル
5月28日 サントリーホール
 

ベートーヴェン 創作主題によるによる32の変奏曲ハ短調 WoO.80
シューベルト ピアノソナタ第20番 D.959
ショパン バラード第2番 Op.38
ショパン マズルカ Op.24-4, 33-2
ショパン エチュード Op.25-5, 25-6, 25-1
ショパン ノクターン第17番 Op.62-1
ショパン バラード第3番 Op.67

・アンコール
ショパン エチュードOp.25-11「木枯らし」、ノクターンOp.15-1、エチュードOp.10-4、エチュードOp.25-9「蝶々」

セントマーチン・インザフィールズとの演奏会がかなり良かったので大期待して行ってしまった分だけ損した気分になった演奏会。ベートーヴェンはかなり良く、これはすごいかもと思っていたのですが、妙にヴィルトゥオジティを強調するシューベルトのソナタの解釈に付いていけませんでした。第2楽章の寂寥感の表現は素晴らしかったですが、第3楽章の何でもないところでミスタッチ連発したり、第4楽章も呈示部の一部をすっ飛ばしたりして、かなりヒヤヒヤものでした。後半のショパンは昔からのレパートリーだと思うのですが、とにかく弾き慣れている印象で、迷いがないのが気持ちいいです。マズルカなんか降参ですという感じ。アンコールでもショパン・エチュード連発で皆さん大喜びでした。
多くの人が思ったように、シューベルトのソナタではなく当初から予定されていたバッハのパルティータを聴きたかったですね。ペライアのバッハは素晴らしいので。

 

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