ラヴェル 全曲集でないもの CD聴きくらべ

ジャン・イヴ・ティボー(ERATO/2001)
DENON COCO-70933
録音:1982年
曲目:水の戯れ、ソナチネ、クープランの墓

21歳のときの録音である。一言で表現するなら「未熟」ということになるが、どの曲も遅めのテンポで1つ1つのパッセージをきちんと表現しようという意図が見え、このピアニストが若い頃にどんな演奏をしようとしていたのか伝わってきて面白い。ただ、全体としてはセンチメンタルに思い入れを込めすぎという感がある。メカニック的も切れ味はいまひとつというか、あえて抑制しているように思える(ティボーデがキレキレのテクニックを披露し出すのは1990年代以降)。初期のデジタル録音のため、抜けのよさばかりが強調される音質になっていて、多彩な音色表現が聞き取れない。

アブデル・ラハマン:エル=バシ
Forlane FOR 16737
録音:1994年
曲目:鏡、夜のガスパール、クープランの墓

難曲を難曲と感じさせない安定したテクニックで、どんなに複雑なテクスチャーも鮮やかに聴かせる手腕が冴え渡る。同音連打が抜群にうまく、「道化師」などは最速クラス。しかしエル=バシャにしては珍しく、肉体感覚というか、セクシャルなイメージがパッセージの間からほんの少し漏れてくるような、色っぽいピアニズムである。これがラヴェルの曲調と絶妙にマッチする。録音も非常に優秀で、潤いのある音色を堪能することができる。後に録音された全集では、このCDほどのきらめきが見られず、たいそう失望した。

マルタ・アルゲリッチ
EMI Classics
録音:1978/79年
曲目:ソナチネ、夜のガスパール

コンセルトヘボウにおけるソロリサイタルのライブレコーディング。「ソナチネ」は第二楽章の遅い場面などは丁寧に弾いているのだが、終楽章の速いパッセージは制御がつかないほどすっ飛ばす。印象は悪い。ガスパールは演奏設計がほとんど考えられておらず、「ピアノと書かれているので弱く弾きました」「フォルテなので力いっぱい鳴らしました」というような、投げやりな雰囲気すら感じさせる。スカルボは予想以上の高速でぶっ飛ばすので、おもわずゲラゲラ笑ってしまった。アルゲリッチらしい崩壊っぷりが潔い。よほどのファンでなければ購入してはいけないCDです。

アリシア・デ・ラローチャ
SONY
録音1969年
曲目:道化師の朝の歌、高雅にして感傷的なワルツ、夜のガスパール

道化師はラローチャならではの演奏。カラフルな音色、憂いのある表現、鋭いリズムなど、どれもばっちりとはまっている。ギターの模倣もとてもうまい。高雅にして感傷的なワルツは全体に表現が重く、アンニュイな雰囲気が漂う。ガスパールはとても精緻な演奏で、音色の使い分けも丁寧で思わず引き込まれる。あまり幻想性を強調せず、現実的なファンタジーという雰囲気にまとめている。まあしかしびっくりするくらい上手いです(笑)。ぐしゃっとした和音をきちんと整理して聞かせるとか、多声部の強調の仕方とか、絶好調だと思います。

永井幸枝
BIS
録音:1983年
曲目:鏡、クープランの墓

演奏解釈が明確でわかりやすい。テクニックのレベルも非常に高く、こんなに上手い日本人がいたことを知らなかった自分を恥じます(汗)。付点リズムがかなり鋭いし(日本人の付点は甘いことが多い)、デュナーミクも楽譜より拡大するところがあって、迫力や緊張感をうまく表現しています。曲目によってガラッと変わる音色も楽しい。他のCDも聴いてみたいのですが、ことごとく廃盤で手に入りません。残念。

横山幸雄
SONY
録音:1994年
曲目:亡き王女のためのパヴァーヌ、水の戯れ、夜のガスパール(+ドビュッシーの映像)

メカニックがしっかりした人(というかそれだけの人)なので、技術的な面では不安はないのですが、機械のように正確無比な「水の戯れ」とか、ひどいとしかいいようがない。そこはちょっと溜めたほうがいいですよ、というところも平気でインテンポでさくさくと処理してしまう。感情がないのか、感情表現が嫌いなのかわからないが、これではピアノのうまい子供にすぎない。

野島稔
Reference Recordings
録音:1989年
曲目:鏡、夜のガスパール

とても上手い。技術的に上手いだけでなく、演奏解釈の表現の仕方がうまい。デュナーミクと音色の使い分けがとても精緻で、普通の人が機械的に処理しがちなフレーズも有機的なうねりをもって聞かせる。ただ、野島ならではの個性や、毒があまり感じられない。ガスパールで毒が感じられないのは割と致命的な欠点ではないかと思う。

ボリス・ベレゾフスキー
TELDEC
録音:1994年
曲目:夜のガスパール、ソナチネ、高雅で感傷的なワルツ、ラ・ヴァルス

弱音になるととたんに腕が縮こまって音色が引っ込んでしまうという、ベレゾフスキー特有の悪癖が満載でガックリ。でもロシア人には難しい(らしい)ラヴェルを弾こうとする意欲が伝わってくる内容にはなっています。ガスパールはポゴレリッチ路線を目指したもののかなり健全にまとまってしまった、という感じ。あと展開部に工夫が無く、飽きます。あと音数が少ないと不安みたいで、旋律をロシアっぽいコッテリしたニュアンスで弾きます。これはやめてほしかった。ワルツ2曲は綺麗に、丁寧にまとめられてますが、やはり毒っぽい表現が足りず。結論としては、どんなにピアノがうまくてもロシア人にラヴェルが弾けないんだろうな、ということでございます。

アルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリ
TOKYO FM
録音:1973年
曲目:高雅で感傷的なワルツ、夜のガスパール

東京文化会館で行われたライヴ。録音がかなり悪いですが、音色の使い分けや、付点音符のニュアンスはさすがです。闇に沈んでいくようなピアニッシモなどはゾッとするような毒を感じさせる。これがミケランジェリの魅力かも。ただ、メカニック的な切れ味が足りません。スカルボなども遅いし、重い。調子悪かったのかな、という感じ。このときの演奏を中村紘子さんが聞いていて、やっぱり不調だと感じたそうな。

ピエール・ローラン・エマール
Warner Classics
録音:2005年
曲目:夜のガスパール

ピアニッシモの音色コントロール命、という感じ。オンディーヌ、絞首台の2曲が抑制しすぎで眠くなってしまう。スカルボもテンポが遅いし、軽いタッチを使いすぎで音楽的な充実感がいま一歩。エマールのラヴェルということで期待しすぎたかもしれません。

ヘルベルト・シュウ
OEHMS
録音:2008年
曲目:夜のガスパール

Nachtstuke(夜の曲)とタイトルがつけられたCDに入ってます。いろんな作曲家の夜の曲が入っていて、ラヴェルはガスパールのみ。他の曲は瞑想的に弾いていることが多くて大丈夫かな?と不安になる。最後がガスパールで、オンディーヌでいきなりペダルをあげちゃったり、どんな曲でも特定の音を強調するなど、普通のピアニストがやらないようなおかしなことを繰り広げていきますが、そんなに頻繁ではないので演奏解釈の一つと思えばまあ許容範囲。スカルボが速いのですが、どうもタッチが浅い&軽いようで充実した音色にならない。必要な音符は全部鳴っているのに、ここまで欲求不満を抱かせるのは珍しいと思う。ガスパール以外もそうですが、完成度高く丁寧な演奏なのですが、どうしても曲としてのスケール感が小さい。どうしてもつまんないです。あと最後がモーツァルトのアダージョロ短調ってのがひどい。奈落に突き落とされたような感覚(笑)。

セシル・ウーセ
Berlin Classics
録音:1971年
曲目:水の戯れ、夜のガスパール、鏡

もともと上手い人なので、3曲とも技術的には問題はない。水の戯れは頑張って弱音で弾いているのですが、少しフォルテになるとかなり強いタッチでぐわーっと弾いてしまう。バランスも悪いし、突然大音響になるのは曲の造形を崩しているように思う。こんな調子なのでガスパール大丈夫かな?と思っていたらまったく同傾向で、そもそもあんな感じの曲なのでダイナミックで豪快な解釈は悪くない。でもオンディーヌのフォルテは音量大きすぎだし、スカルボは期待どおりに大爆発して(笑)。こういう起伏の大きな曲における演奏解釈は本当にうまい。同音連打の揃いっぷりも見事です。ただ残念なことに弱音の速いパッセージを鋭いタッチで弾いてしまって音色が立ちすぎることがあり、幻想的な雰囲気を壊しているのが惜しい。まあこれがウーセの特徴ではあります。鏡に関しても同様、と言わざるを得ない。蛾がすごくきらめいてるし、道化師は踊りまくってます(笑)。アルゲリッチと仲がいいそうですが、なるほどね〜と納得せざるを得ない。

イーヴォ・ポゴレリッチ
Deutsche Drammofon

録音:1982年
曲目:夜のガスパール

美意識が高い!という感じの繊細な演奏。弱音でもクリアに聞こえるし、フォルテは迫力があってよい。オンディーヌで主題が出てくるたびにいろいろ違うのがおもしろい。ノンペダルにしてみたり、アーティキュレーションを変えたり。絞首台も連打音と旋律を音色を変えるなどニュアンス変化が繊細で良いと思う。スカルボは他のピアニストが減速しやすいところをインテンポで弾きのけたり、連打が正確すぎるほど正確だったり、いろいろメカニックがすごすぎ。付点音符の弾き方が鋭く、トゲトゲしいまでのスピード感を感じされる。キレキレだけどすべての音がコントロールされたれているのもいい。スカルボの演奏では最高峰といってもよいでしょう。この人は若いころは生演奏でもこのクオリティというか、さらにキレキレで笑えます(youtubeで日本公演のビデオが見れる)。

 

<改訂履歴>
2011/09/11 初稿掲載。

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